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ラノで読む 奇妙な音が聞こえる。 それは芝刈り機のような、何か金属が回転する音のように思えた。 「何の音だ?」 夜中の国道を走るトラック、その運転手は眠っている助手席の相棒にそう尋ねた。相棒もその怪音で目が覚めたらしく重い瞼をこすりながらその音に聞き耳を立てる。 「……後ろから聞こえるみたいだな」 「おいおい、まさか“荷物”が動き出したのか? 勘弁してくれよ」 運転手は冷や汗を垂らしながら後ろに意識を集中させる。確かにその音はトラックの後ろのほうから聞こえてくるが、荷台の中からではない。そう、それはその荷台の上から聞こえてきているようだった。 「どうするよ」 「どうするって、急がないといけないし……。だけどもし“荷物”に万が一のことがあったら俺たち殺されるな」 ――殺される。そんな物騒なことを口にした運転手の顔は青く、冗談を言っている様子ではなかった。 「ちょっと停まって見てみようぜ。どうせこんな辺ぴなところ、しかも真夜中に他の車も通らないだろうし大丈夫だろう」 「……そうだな」 相棒の提案にのり、運転手は道路の脇にトラックを停めた。外に出ると冬の冷たい空気が頬を切り、呼吸のたびに肺が傷つけられるように寒かった。 「寒いな。エンジン切るなよ、暖房はつけとけ」 「わかってるよ。早く見てこよう」 二人は荷台の鍵を開け、実際に開けて中を覗いてみるが、中は暗くよくわからない。だがその“荷物”の息遣いは聞こえてきて、二人は“荷物”が無事であると判断し、ほっと胸をなでおろした。 しかし、あの奇妙な金属音はまだ聞こえてくる。 「“荷物”に異常はないな。やっぱりこの上から聞こえてくるみたいだ」 運転手はそう言い、二人はトラックから少し離れて荷台の上を確認しようと後ろに下がる。 そして二人はようやく|それ《・・》に気付いた。 トラックの荷台の上に人影があった。月明かりに照らされ、次第に輪郭がはっきりとしていくその人影は、実に奇妙なものだった。 「お、女の子……?」 その人影は小柄で、“少女”と呼ぶのが相応しいであろう。 その少女は実に奇抜な格好をしている。まるでおとぎ話の世界から抜け出してきたかのように、この夜の国道、しかもトラックの上という状況に相応しくないものであった。 その少女は真っ黒なセーラー服に身を包んでいた。短いスカートがひらひらと動き、角度によっては下着が見えてしまうだろう。彼女の長髪はバラの形をした髪留めで二つに結われて風に揺れている。 そこまでならいい。そこまでならばただセーラー服を着た少女がトラックの上に乗っているという|だけ《・・》の話だ。 二人が唖然としていたのはその少女ではない。いや、それも十分二人の言葉を失わせるには十分だっただろう。だがそれ以上に不可解な物がその少女の右腕から|生えて《・・・》いたのだ。 「な、なんだこいつ……」 あの奇妙な金属の回転音はそこから発せられていたと二人は理解した。 その少女の右腕から生えている巨大なチェーンソーの刃が高速で回転している音だと。そのチェーンソーは少女の肘のあたりから直接生え、エンジン音が轟いている。左手でそのチェーンソーの取っ手部分を握り、こちらを見下ろしていた。 「こんばんはなのぉ。お仕事お疲れ様ですぅ。わたしおじさまたちみたいな働く男の人って大好きなのぉ。お兄様に比べたら月とゴキブリくらいの差がありますけど♪」 その少女は天使のような可愛らしい笑顔を二人に向けた。その声も甘く、本当にただの子供のようにしか見えない。 だが運転手もその相棒もその少女がどういう存在なのかを一瞬で判断した。 二人は裏の世界で生きる非合法な運び屋だった。それゆえに|そういう《・・・・》存在には敏感だった。 少女のどす黒い濁った眼は彼らが何度も見たことがあるものだった。 それは、人殺しの目だった。 それもプロの殺し屋に違いないと二人は考えていた。この裏の世界は、見た目で判断してはならない。どれだけ愛くるしい見た目をしていても、殺し屋は、殺し屋だ。圧倒的な暴力で人を死に至らしめる。 「おい相棒……。あいつは……」 「ああ、もしかして――」 「畜生。だからやめとけって言ったんだ今回の仕事は。この“荷物”は俺たちには重すぎたんだ……」 どれだけ愚痴を言ってももう引き返せない。 運転手はポケットから拳銃を取り出した。相手が殺し屋である以上、自分たちの身は自分たちでは守らなければならないだろう。たとえ相手が少女であろうとも、隙を見せればこちらがやられる。 「いやぁ~。そんな物騒な物ださないでほしいなぁ。あたし拳銃って苦手なのぉ。怖いんですもの」 少女はころころと表情を変えながら二人を嘲笑っている。相棒も拳銃を取り出し、少女に銃口を向けた。二人も運び屋とはいえ裏世界に生きるものたちで、たとえ相手が子供であろうと容赦も油断もしてはいなかった。 「わたしとやるんですの? 悲しいですぅ」 少女はそう溜息をつくと、ふっと表情を消し、氷のような冷たい目を二人に向けてる。 「おじさんたちはかっこいいですけど、それでもわたしは“お兄様”のためにその荷物をもらっていかないといけないのぉ」 「やはりあれが目的か……。あれを引き渡すわけにはいかない!」 運転手はしぼるように銃口を握り、その引き金を引いた。静かな夜の道路に銃声が響き、銃口からは煙が出ている。 確かに銃弾は放たれ、少女のほうへと飛んでいったはずだった。 だが弾丸は空を切り、夜の闇に吸い込まれていった。なぜならそこにはもう少女がいなかったからである。引き金を引くほんの一瞬で、その少女はトラックの荷台から姿を消していたのであった。 「あいつ、どこに消えた!?」 運転手が横を振り向き、相棒に尋ねようとしたが、相棒は何も答えてはくれなかった。いや、語るべきを口が彼にはもうなかったのである。 相棒の首はもう、そこには存在しなかったからである。 「え――?」 彼は一瞬自分が何を見ているのか理解できなかった。だが確かに相棒の首は胴体の上に乗っておらず、切り離された首の断面から血が噴水のように溢れ出て、運転手の顔に飛び散ってくる。 その惨状に混乱し、何が起きているのか理解する前に、運転手は自分の手首から先が無くなっていることに気付いた。拳銃を握っている自分の手が地面に落ち、血が洪水のように溢れる。 「あが――」 叫び声を上げようとした瞬間、声が喉から抜けていく感覚を覚えた。それもそのはずである。運転手の首もまた、宙を舞っていたのだから。 彼が最後に見た光景は、自分の胴体が何十分割もされて地面へと崩れ落ちていく姿であった。 MIDNIGHT★PANIC 瀬賀《せが》或《ある》は医者である。 いや、ヤブ医者である。 いやいや、彼はそもそも医師免許を持っていない、モグリの医者である。 いやいやいや、そもそも彼はもう医者と名乗ってすらいない。 彼は、そう、言わば“保健室の先生”と呼ぶのが一番正しいだろう。 だが彼は教員免許も持っておらず二年の保健の授業を担当しているが、正式な教師ではないようだ。双葉学園、その高等部の空き部屋を保健室としてお情けで借りているだけである。 「ファック! また大外れだドチクショウ!!」 ヤニと薬品の臭いが充満するその保健室でそんな叫び声が響く。瀬賀はイヤホンを耳から外し、書類と雑誌で散らかっているデスクの上のラジオを蹴り飛ばした。ラジオは壊れたようにノイズを発し、地面にたたきつけられたころには完全に沈黙してしまう。 「ちっ、これで今月の当ては完全に消えたな。給料日までどうやって生きるかな……」 瀬賀は椅子の背にもたれかかり煙草を一本取り出して、苛立ちながらライターの火をガシガシとつけた。 煙草を口にくわえ、ふうっと煙を天井に向けて吐くと、ようやく落ち着いたようである。しかし煙草を吸っても目の前の現実は変わらず、競馬のレースの結果は彼の望むものではないままだ。ボサボサの髪をぼりぼりと掻き、どうしたものかと頭を抱えた。 (またしばらくパンの耳生活か。春奈《はるな》先生から苺ジャムでも分けて貰おうかな) 瀬賀は肩を落としながら保健室の白いベッドへとダイブした。ここ以外にも治療設備の整っている保健棟が存在するため、不良保健医と評判の瀬賀の部屋には滅多に生徒はこない。このベッドもほとんど彼専用になりつつあった。 瀬賀はまだ二十五歳と若く、大学どころか高校も出ておらず、十代の頃からずっとサンフランシスコで暮らしていた。そこで彼は自分の“能力”を利用して、裏の世界の住人を相手に闇医者をして生活していたのだが、とあることをきっかけにこの双葉学園で雇われることになった。 だが特にラルヴァの戦闘や援護に駆り出されるわけでもなく、彼にとってここでの生活は退屈そのものであった。 (しっかしつまんねーな。サンフランシスコにいた頃は毎日頭の上を銃弾がかすめていったもんだけど……) 瀬賀は煙草をくゆらせながらダメージの入ったジーンズのポケットに手を突っ込み、保健室を出ていこうとしていた。 どうせ自分がここにいても客なんてくるわけもなし――そう思いながら瀬賀はどこか外をブラつこうと保健室の扉に手をかける。堕落した大人である瀬賀にとってここは娯楽の少ない言わば監獄に近いものである。仕方なくマンガ喫茶で暇をつぶすかと考えていた。 だが、そんな瀬賀の思惑は突然の珍入者によって遮られることになる。 「ごらぁ出てこい瀬賀ぁ! ぶっ殺してやる!!」 突然そんな叫び声と共に扉は豪快に開かれ、金属バットを振り回しているガラの悪い男子生徒が保健室に入り込んできた。 それを見て瀬賀は慌てるというよりは呆れた様子で、やれやれと溜息を洩らす。 「なんだお前。何の用だ。保健室に来るってことはどっか悪いのか? いや、頭が悪いのはわかってるからいちいち報告しなくていいぞ。ほれ、回れ右して帰って寝ろ」 瀬賀が小馬鹿にしたように大げさに煙草の煙を吐きながらそう言うと、その男子生徒は頭の血管を浮き立たせ、顔を赤くしていた。いわゆるプッツン状態である。 「ふざけんな瀬賀! お前が真由美《まゆみ》を誘惑したんだろ! 生徒に手を出しやがってこのクズ教師!」 「真由美ぃ?」 瀬賀は首をかしげる。必死で記憶の海を検索し、なんとかその名前を思い出した。 「ああ、この間俺に告白してきた女か。なんだ、あいつお前の彼女だったのか?」 真由美というのはここの二年生だ。数日前に瀬賀はその少女に告白されたのだが、いわゆる『ギャル』っぽい少女で、瀬賀の趣味とは正反対だったため、すぐに断ったはずだ。 「そうだ、お前が真由美をたぶらかしたんだろ!」 「答えはノーだ。向こうが勝手に告白してきたんだよ。お前が彼氏なら裏切ったあの子を責めろよ。俺の知ったこっちゃねーっての」 「うるさい! お前がいなければ――!」 男子生徒は無茶苦茶なことを言って金属バットを振りおろしてきた。瀬賀はそれをさっと裂け、床にバットの頭が当たり、耳をつんざく金属音が部屋に響く。瀬賀はまいったとばかりに頭を掻く。 「ファックシット! すぐに暴力に訴えてくるなよ、猿かよてめーは」 「うるせえ! 覚悟しろ!」 男子生徒は何度も瀬賀に向かって金属バットを振り回してくる。しかしサンフランシスコでヤンキー相手に毎日のようにストリートファイトしていた瀬賀にとって、彼の攻撃は子供の駄々と変わらない。 「ちっ、めんどくせーな」 瀬賀は咥えていた煙草をぷっと吐き出し、その男子生徒の顔に当てた。火が額に当たった彼は、「あつっ!」と叫び、反射的に目をつぶる。それを見逃さなかった瀬賀は、彼の足を引っ掛け、バランスを崩して倒れこんできた瞬間に腕を締め上げ、そのまま回転するように彼の顔面をデスクの上に叩き伏せた。その拍子に金属バットは男子生徒の手を離れゴロゴロと床を転がっていく。 「ったくあぶねーな。金属バットは野球するものであって人を殴るもんじゃねーぞ」 「いでえ! いてててて! せ、生徒が教師に暴力振るっていいのかよ!」 男子生徒はねじ伏せられながらも、必死で目を動かし瀬賀をねめつけている。 「ヘイヘイ、チェリーボーイ。俺は別に真っ当な教師でもねーよ。大体な、ここは保健室だ。保健室では俺が神だ。保健室で保健医に勝とうなんて一兆年早いっての。手首へし折るぞ」 瀬賀は締め上げた男子生徒の手首を、さらにギリギリと痛めつける。 「いでででででででで!」 「いいかクソガキ。身体の治し方知ってるってことは、同時に身体の壊し方も知ってるんだよ」 そんな冷たい声を耳元で囁かれ、男子生徒は完全に黙ってしまった。そうしてようやく瀬賀は男子生徒を解放し、蹴り飛ばして保健室から追い出した。 「ほれ、湿布やるからもう二度と来んなよ」 ぺいっと湿布を男子生徒の背中にぶつけ、ぴしゃりと扉を閉めてしまった。 (まったく。元気有り余ってるな若い連中は) これが瀬賀の日常だった。暴力的で横暴な性格の彼には敵が多い。なまじ端正な顔をしているものだからこうして女性関係の揉め事も多いようだ。もっとも、彼にとってここの生徒は興味の範囲外であろう。どうやら瀬賀は自分より歳が上の女性が好みのようだ。 瀬賀が扉から離れようとすると突然、 「大変大変大変だよー! 瀬賀せんせーいるー!?」 誰かがそう叫びながら扉を開き飛び込んできた。 (今度は誰だよ……ふぅ) 校内暴力生徒が去って行ったかと思うと、入れ違いで今度は別の生徒がやってきたようだ。 目の前に瀬賀がいるのに飛び込んできたせいでその生徒は瀬賀のお腹と正面衝突してしまう。だがその生徒は小柄で、体重も軽く、ぶつかった衝撃はほとんどない。瀬賀にぶつかったその生徒は「あれー目の前が真っ暗だよ~」と呻いている。瀬賀はその生徒に見覚えがあり、呆れながらその生徒の襟首を掴み上げて引き離した。 「何が変態変態変態だ。変態はお前だろ有葉《あるは》。いい加減そのある趣味の人間の欲情を誘う格好はやめろっての」 その人物、有葉《あるは》千乃《ちの》は小学生と勘違いするほどに小柄で、ブレザーにスカートを穿いている。だが有葉は女の子ではなかった。れっきとした高校生男子である。もっとも、そう言われなければ絶対に気付くことはできないほどに愛らしい容姿をしているのだが。彼は二年H組の生徒で、そのクラスの保健の授業は瀬賀が担当しているのだった。 しかしいつもニコニコとしている有葉だが、今は少し焦っているような表情をし、ばたばたと腕を動かして瀬賀に訴えていた。 「違いますよぉ、瀬賀せんせー! 変態じゃなくて大変なんですってばー」 小柄な体を動かして必死になっている有葉を見て、瀬賀もその真剣さを理解し、表情を引き締めた。 「フムン。それでなんだって。何が大変なのか説明しろって」 「あ、あのね。あっちで女の子が血を出して倒れてるの!!」 それを聞いて瀬賀はだるそうな顔から、保健医としての表情に切り替わった。 「ファック! そりゃ最高にまずいな。いいぜ行ってやるよ有葉。この天才ドクター瀬賀様の超診察を見せてやろう」 瀬賀は壁にかけていたヤニで黄ばんでいる白衣を羽織り、救急箱を手に持って有葉と共に廊下を走っていく。 とてとてと小さい足を必死に動かして走る有葉を瀬賀は後ろからついていき、たどり着いたのは高等部の中庭だった。瀬賀は青い芝生を踏みしめながら辺りを見回す。中庭は広く、植物が異様に生えており、視界を遮る植物の葉のせいで、全体を把握するのは至難だろう。 「それで有葉。怪我人はどこだよ」 「こっちですよー」 有葉が指をさした方向に瀬賀は走っていく。するとそこには数人の生徒たちが集まっていた。なんだか不穏な様子だ。瀬賀は眉を寄せながら彼らに呼びかけた。 「おーい。お前らどうしたー?」 すると、その生徒の輪の中から一人、妙齢の女性が瀬賀の方へ走り寄ってきた。その女性ははらはらと瞳に涙を浮かべ、瀬賀の腕にしがみついている。 「瀬賀先生! 大変なんです! まさかあんなところに女の子が倒れてるなんて……。すごい血だらけで、私も失神しかけてしまいました……。春部《はるべ》さんが病院に運ぼうって言ったんですけど、動かしたら余計に危ないかもって思って……。でももし私の判断ミスであの子が死んじゃったら責任追及されてこの学園から追放されてしまうかもしれません……。そうしたら実家に戻されてまたお見合いを――」 「あー、練井《ねりい》先生。そんな上目遣いで涙を流しながら腕を引っ張られると俺勘違いしちゃいますよ。ともかく落ちついてください。どういう状況なんですか」 その女性は涙を拭い、ふうっと瀬賀の瞳を見つめた。彼女は練井|晶子《しょうこ》(二十八歳)。有葉たち2年H組の担任である。 「もう、そんな皮肉はやめてください瀬賀先生。どうせ私は魅力ないですから、私見たいなおばちゃんに瀬賀先生は興味ないんでしょう。ここに来る前は金髪美女を何人もはべらしていたって聞いてますよ。それに比べて私は地味でスタイルもよくないし春部さんのがよっぽど――」 「いやいやいや、練井先生は十分魅力的ですってば。それに俺とは三つしか年齢変わらないでしょう。ってだからそんな話をしてる場合じゃなくて! 怪我人はどこです。誰なんですか!?」 瀬賀は練井の肩を揺さぶり、彼女ははっと我に返った。そして震える指で植物の茂みに隠れるように倒れている少女を指した。その脇には有葉の友人(彼女いわく|婚約者《フィアンセ》)の春部《はるべ》里衣《りい》が硬い表情をして立っている。野次馬で集まっている生徒たちを近寄らせないようにしているようだった。彼女はネコのようにしなやかな肢体に、アイドルが裸足で逃げ出すほどに魅力的なボディが特徴的だ。瀬賀に気付いた春部は、そのネコ目で彼を睨みつける。 「やっときたのね、このヤブ医者」 「ファック。黙ってろネコ娘。ここからは俺の出番だ。これ持ってろ」 瀬賀は白衣の襟を正し、春部に救急箱を押し付け、瀬賀はその倒れている少女の前へ膝を下ろす。 その少女の怪我は、一目見ただけで致命傷だとわかった。 彼女の右腹部からは大量の血が流れている。辺りの植物の葉や、芝生に赤黒い血がこびりついている。腹部が刃物のようなものでズタズタに切り裂かれたような痕があるが、傷はそこまで深いようではないようだ。だがその傷口からは少しずつ今も血が流れている。飛び散った血の凝固具合を見るに、彼女が怪我をしてから数時間は経っているようである。自体は一刻を争うものだった。 瀬賀はその少女の白い頬に触れる。血が流れているため酷く冷たい。 (何歳だこの子。小学生くらいに見えるが、有葉の例もあり見た目だけで年齢を判断することはできないな。何歳かはわからないがこの体躯じゃこれ以上血を流させるのはマズイ) その少女の格好を見るに、双葉学園の生徒ではないだろうと瀬賀は思った。ここの制服ではなく、どこかの国のお姫様のような黒いドレスを着こんでいる。しかしこの島では奇抜な格好な人間は多くいるので、一概に判断できないだろう。 (全裸やら着物やら、挙句の果ては女装やピエロの格好したやつまでいるからなここは。ほんと変態ばっかだぜ) だが、瀬賀が一番目驚いたのはその少女が日本人には見えないことだった。少女の髪は鮮やかなブロンドで、肌も白く、西洋系の顔立ちをしている美少女である。 (まあ、ここはラルヴァの生徒もいる双葉学園だ。外国人くらいで驚くこともねーか) 瀬賀はぼりぼりと頭を掻き、ふっと春部のほうへ振り向いた。 「春部。救急車は呼んだのか?」 「呼んだわよ。でも救急車が来る前に死んじゃいそうよ、なんとかしなさいよこのヘボ医者!」 「ふぅ、俺は別に医者じゃないんだけどな……」 口調はきついが、春部もまたその少女のことを心配しているのだろう。瀬賀は肩をすくめながらもにやりと笑った。 「オーケー。じゃあプロが来る前にチャッチャっと応急処置を済まそう。どっちにしろ今処置しないと間に合わないだろう」 「た、助かるの瀬賀せんせー? 大丈夫かなぁ……」 有葉も恐る恐る心配そうに覗きこんできた。一体この少女がなぜこんな怪我をし、こんなところで倒れているのか見当もつかないが、今はただ目の前の患者を助けることに集中するべきだと瀬賀は判断した。 「さて、いっちょやるか」 そう呟き、瀬賀は救急セットをその場に広げ、メスや包帯に糸をざっと取り出した。両手にゴム手袋をはめ。目を瞑り、精神を集中していく。まるで瞑想をするかのように微動だにしない。 「ちょっと。何寝ようとしてんのよ! 早くしなさいってば!! 少しは医者らしいことしなさいよ!」 「俺は医者じゃねえよキティちゃん。まったく、憎まれ口きかないと死んじゃう病かよ。その口縫い合わせちまうぜ――ファック、そんなことはどうでもいい。さて、術式開始だ」 カッと目を見開き、瀬賀はその少女の体全体を凝視した。すると瀬賀の両眼は真紅に染まり、瞳孔が開いていく。 (“|医神の瞳《アスクレピオス》”発動――) その瀬賀の瞳には人体の総てが見える。 神経の一本一本。血液の流れ。その肉体が持つ特徴や、弱っている部分。どこをどう繋ぎ合わせれば傷を治すことができるのかが彼の眼には映る。腹部の裂傷、出血、それらを総て塞ぐ手順が彼の脳内にイメージとして流れ込んでくるのだ。 (これは……。酷い傷だ。生きているのが奇跡なくらいだな。早く手を打たないと) 人体構造を把握した彼の手は自然に動き、彼女の傷を見る見るうちに塞いでいく。その手さばきは素早く、はたから見れば千手観音のように彼の手が無数にあると錯覚するほどにその手つきは完璧だった。ガーゼを傷口に当て止血止血止血。入り込んでいる土の汚れなどを取り出し、糸でその傷口をひたすら縫合していく。それはほんの一瞬の出来事。わずか一分足らずで応急処置は終わってしまった。それを見ていた他の三人はぽかんとしている。 「よし、ばっちりパーフェクツ! これでオールオッケーだ」 「ほ、ほんとに大丈夫なの?」 「とりあえずは――な。でも危険な状態には変わりない。早く輸血しないと駄目だ。あとは救急車が間に合うのを待つしかねぇよ」 どっと疲れが来たようで、滝のような汗を大量に流し、瀬賀はその場に倒れこんでしまった。 「せ、瀬賀先生!」 倒れた瀬賀を心配して、練井は彼の元へ駆け寄った。意識はあるようで、ただ純粋に疲弊しただけのようである。 「だ、大丈夫ですよ練井先生。ちょいとばかし疲れただけです。俺のこの“修復《リカバー》”は結構体力使うんですよ。まったく、腕が痛いぜ。俺も普通の治癒能力《ヒーリング》だったら超能力でちょちょいと処置できるんだが」 瀬賀の異能“|医神の瞳《アスクレピオス》”は修復《リカバー》と呼ばれる種類のものだった。怪我を直接治す治癒《ヒーリング》や、病気を治す治療《キュア》でもなく、修復《リカバー》はあくまで異能者の医療技術を底上げするものである。 瀬賀の場合はその瞳で人体構造を把握し、怪我を治すためのプロセスが天啓のように頭に流れ込み、自分の体力を削って凄まじい早さで傷を塞いでいくものだ。 修復《リカバー》は言うならば手術の“省略”。人体構造を把握し、どこをどうすれば治るのか、それが瀬賀には|視える《・・・》のだ。だがこれは瀬賀自身に負担になるものであった。能力を使った後はこのように立つのもやっとなほどに疲弊してしまう。 「これじゃ瀬賀先生も救急車に乗せてもらった方がいいですね」 そう言いながら練井は瀬賀の身体を支えている。なんとなく気恥ずかしかったが、実際膝が笑っており、強がってもいられないな、と瀬賀は思った。 「ちょっと、ヘボ医者。練井先生に抱かれて鼻の下伸ばしてんじゃないわよ」 「うるせー蹴るなっての。役得だろ。お前みたいな減らず口の小娘より練井先生のが断然魅力的だね」 相変わらず春部の口は悪いが、その表情を見るに少女が一命を取り留めたことに胸をなでおろしているようだった。 「あっ、救急車の音が聞こえるよみんなー」 有葉が耳を澄ませながらそう言う。彼の言うとおりに救急車サイレンが近づいてきている。 「おっと、ようやくおいでなすったか。それにしても一体この子はなんなんだろうな……」 瀬賀は安堵しながらも、その少女を見つめて不可解そうに呟いた。 ※ ※ ※ 学園都市部のビルの屋上にその人影はあった。 その少女は黒いセーラー服姿で、この学園の生徒たちとは明らかに違う制服である。 少女のスカートのポケットから軽快な音楽が聞こえてきた。それは携帯電話の着信音のようで、少女は慌てて電話取り出し、通話ボタンを押す。そこからは彼女の良く知る人物の声が聞こえてきた。 『やあ我が妹、フラニー。首尾はどうだい』 そこから聞こえてきたのは若い男の声だった。フラニーと呼ばれたセーラー服の少女は、少し緊張した様子で通話を続ける。 「あ、あの“お兄様”……」 『どうしたんだい、元気がないようだね』 「ごめんなさいお兄様。“あれ”を逃がしてしまいましたですの」 フラニーがそう謝ると、電話の向こうの声は黙まってしまう。 「あ、あのお兄様……」 『お前死にたいのか?』 背筋が凍るような冷たい声が返ってきた。その声にフラニーは震え、歯をかちかちと鳴らしている。彼女にとってその電話の相手はよほど畏怖しているのだろう。 「ごめんなさいごめんなさいお兄様。ごめんなさいお兄様。どうかわたしを嫌わないでください。どうか見捨てないでください」 『…………』 フラニーは必死にそう謝るが、電話の向こうの声は押し黙ってしまった。 「大丈夫ですのお兄様。わたしは“あれ”に傷を負わせましたんですの。きっと今頃死んでるに違いないですぅ」 『“あれ”の再生能力をお前も知っているだろう。すぐに傷は塞がってしまう』 「大丈夫ですわお兄様。わたしの右腕の刃は銀で出来ていますの。きっと傷口は塞がらず、血を流し続けてそのうち死んでしまうですぅ。あのオチビさんに自分で止血する技術があるとは思えないですの」 『それは素晴らしいねフラニー。でも血が出れば目立つ。もし誰かに保護されていたら厄介だぞ』 「そうしたら保護してる連中も含めて皆殺しにしてあげるですぅ」 フラニーはそう強く言った。 『よく言ったね。それでこそぼくの妹。“|少女地獄《ステーシーズ》”の末妹だ。成功させれば今回の失態には目をつぶってあげよう。そうしたらシナモンティーでも一緒に飲もう』 「ありがとうございますお兄様。必ずやお兄様のご期待に答えますですぅ」 そうして通話は切られた。 フラニーはこの双葉島に逃げ込んだ“標的”を探すかのように、屋上から街を見下ろしていた。 「化物め……。わたしをコケにしやがって……ですぅ。絶対に見つけ出してバラバラにしてグチャグチャにして殺してやるですの!」 フラニーはそう吐き捨て、怒りで可憐な顔を醜く歪ませていた。 中編へすすむ トップに戻る 作品保管庫に戻る
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ラノで読む 心地いい日が差し込む休日の朝。洗濯物を干し終えた夏目《なつめ》晶子《あきこ》は、ちょっと休憩と家事の合間にテレビを見ていた。そよそよと窓から入ってくる温かな風が彼女の長くて細い髪を揺らしている。 「は~。幸せだわ~」 こうしてお煎餅をぽりぽりと食べながらアパートの自室で家事をしたりのんびりとしていることが、晶子の休日の楽しみ方だった。今は一緒に暮らしている弟が出かけているので掃除をするのには丁度いい。 『最近は訪問販売を装った強盗という手口が全国的に流行っているので、みなさんお気をつけて休日をお過ごしください』 という言葉でテレビの中の女子アナはニュースを締め、星座占いへと番組は移行した。その星座型占いが最下位だったのにも関わらず、晶子は落ち込むどころか機嫌よく笑っている。 「うふふふ。『蟹座の人は今日とんでもない出会いがあるので部屋の扉を開けないようにしましょう。開けたら刺されるかも』だって。なんだろうとんでもない出会いって。楽しみだわ」 きっと今日は楽しいことがあるに違いないだろうと、晶子は朗らかな顔で呟いた。 晶子にとって、星占いが最下位だろうが最上位だろうが関係ない。目に映るものがすべて幸福に見え、不幸なことも不運なことも晶子にとっては無いも同然であった。 そうして煎餅をバリボリと頬張り温かいお茶を飲んでいると、ピンポーンという音が響いてきた。 「あらあらお客さんかしら」 晶子はさっと立ち上がってドアの方へと向かった。 「どなたですかー?」 晶子はドア越しに尋ねた。 「訪問販売に参りましたー」 ちょうどよかった。暇だったから商品を見て見ようかしらと、晶子は目を輝かす。晶子はこうしてたまにやってくる訪問販売が大好きだった。安くて便利なものを勧められてしまうのでいつも買ってしまう。そのせいですぐに生活費が尽きてしまうこともしばしばあった。 いつも買った後反省するのだが、「ノルマをこなさないと首が切られるんです」と泣きながら言われたら断ることなんて晶子にはできず、結局買ってしまうのである。 「今開けますね」 晶子は何の警戒心もなく扉を開けた。 するとそこには世にも奇天烈な男が立っていた。いや、一見しただけでは性別すらわからない。それも仕方がないだろう。 その人物の頭に該当する部分には顔は無く、首から上は巨大な白熱電球であったのだ。 透明な玉の中には確かにフィラメントもあり、根本がどうなっているかわからないが、ネクタイの締められた襟と電球の口金が繋がっている。 +挿絵 「わ、わたくしは強盗だぞコンチクショー! 金を出さないとずぶりと行くぞ!」 しかもこともあろうに電球男は包丁を持って晶子に突きだしていた。だが彼はびびっているのか手どころか体全体が震えている。電球の頭からも冷や汗が流れていた。 だがそんな電球男に恐怖の色や戸惑いの色も一切見せずに、わずかに首をかしげた後、晶子はにっこりと菩薩のような慈愛に満ちた微笑みを向けた。 「あっ、包丁の訪問販売の方ですね。それとも電球かな? とりあえず立ち話もなんですからおあがりください」 ぺこりと頭を下げて「どうぞうどうぞ」と晶子は部屋に電球男を上げようと、手招きをした。 「え? いや、あの。わたくしは強盗……」 電球男は強盗云々をスル―されただ戸惑っていた。予想外の反応に完全に思考が停止してしまったのか、どうしたらいいのかわからず立ち尽くしている。 「セールスマンさーん。どうぞここ座布団ありますから座ってください。お茶煎れなおしますから飲んでくださいね」 「え? お? ん? あ――……はい」 混乱しているのか、電球男は晶子に言われるままに玄関を上がり、包丁を手にしたまま座布団の上へと腰を下ろしてしまった。 「な、何をやってるんだわたくしは……」 電球男は一人虚しそうに呟いたが、晶子は気にも留めずにお茶を来客用の湯飲みに煎れ、とっておきの塩豆大福を運んだ。 「どうぞ。朝からお仕事お疲れ様です」 ことり、と熱々のお茶とおいしい大福を置いたが、電球男には口もついていない。食べられるわけがなかった。 「…………」 「どうしたんですか? お嫌いでした? それともお腹痛いのかしら。困ったわ、正露丸どこやったからしら」 押し黙ってぷるぷると震えている電球男を心配した晶子は、ドタバタと狭い部屋内を右往左往し、クスリを探した。 「う、うう。うわああああん。ごめんなさい!」 だが何を思ったのか、突然電球男は晶子に土下座をして謝った。電球が大きくて畳に当たってしまうため、ちょっと不恰好である。 「強盗なんてほんの出来心だったんです。それでまさかこんな手厚い歓迎を受けるなんて思ってもいなくて……他人に優しくされたのなんてもう何十年ぶりか……」 おいおいおいと目も無い癖に電球男は号泣し始めた。なぜ泣いているのかさっぱりわからないが、晶子はそっと彼の冷たく透明な頭に触れ、軽く撫でてやる。 「泣かないで電球さん。何かあったなら私がお話を聞くわ」 「うう……あなたは天使のような人だ!」 電球男が顔を上げると、彼の頭に灯りがぱっと点いて、ランランと輝き始めた。あまりの眩しさに「きゃっ」と晶子は目を瞑ってしまった。 「ああ、ごめんなさい。わたくし興奮してしまうと電気が点いてしまうんです。待ってください、今落ち着きますから」 ふーっと深く深呼吸すると電球男の灯りはふっと消えた。あのまま光り続けたら目なんて開けられないだろう。 「すごく便利ですね」 「いやあ。不便なだけですよ。あっ、そういえば自己紹介がまだでしたね。わたくしこういうものです」 電球男は胸ポケットから名刺を取り出してそっとちゃぶ台の上に置いた。そこには彼の名が書かれている。 「夜戸川《よどがわ》乱腐《らんぷ》さんっていうんですか。あらすごい。小説家なんですね。サインもらっちゃおうかな」 「いやあ。わたくしのサインなんてなんの価値もありませんよ。わたくしめのことは気軽にランプと呼んで下さい」 「あ、私、夏目晶子です」 ぺこりと晶子も頭を下げて自己紹介した。 電球男ことランプ氏は、「これせめてものお詫びです」と懐から自分の小説を取り出した。『怪奇、エログロ絞殺魔』や『団地妻解体事件』に『轢死体調理屋』など悪趣味なタイトルと表紙絵がついた本である。恐らく内容もろくでもないだろう。 「すごいですね。こんなに出してるんですか」 「まあ売れ行きは芳しくないですが、ほそぼそと生計を立てています。ですが、とある事情でわたくしの原稿代も印税もすべてわたくしの懐から旅立ってしまうのです」 「まあ。いったいどんなことがあったんですか」 晶子はランプ氏の語り口にすっかり同情してしまい、ハンカチを取り出して溢れ出る涙を抑えていた。 「実はわたくしには恋焦がれる女性がいるんです」 「まあ」 晶子はぽっと顔を赤らめる。十八にもなって恋愛ごとの一つも無かった晶子には、少し新鮮な話だ。 「わたくしの想い人は雪姫《ゆきひめ》さんと言って、雪女の一族であり肌も心も冷たい女性です。わたくしは彼女のそんなところを好きになったのでありますが、どうにも彼女はわたくしのことなど眼中にないようなんです」 「それはお辛いですね」 「ちょっとでも彼女に振り向いてもらおうと、わたくしはあの手この手を尽しました。ブランド物のバッグや服を買ってあげたり、高価なアクセサリーも買ってあげました。貴重なコンサートチケットをプレゼントしても彼女は他のボーイフレンドとコンサートに行ってしまう始末です」 「そんな、きっと彼女は照れてるんじゃないのかしら」 「いいえ。わたくしにはわかります。彼女からすればわたくしなど路傍の石も同然。ですがそれでも彼女に振り向いてもらうためにもっと、もっとたくさんお金を使いました。彼女のお店に行ったら毎回必ず彼女を指名します。ですが、わたくしはもとより売れない作家です。お金なんてすぐに底を尽きました」 大げさに身振り手振りで絶望を表現していたランプ氏は、突然また意気消沈してへたり込んでしまった。 「それからわたくしは、雪姫さんにプレゼントをあげるために自分の身の回りのものを質屋に売りました。ですがそれだけではまったく足りず困っている時、通りすがりの魔女が『お前の頭を買い取ってやる』と言ってきたのです。わたくしは喜んで頭を魔女に売りました。すると魔女は頭の代わりにと、この電球をわたくしの頭に差したというわけです」 「それでランプさんはそんな素敵な頭になったんですね」 ぽんっと晶子は納得したように手を打った。だがランプ氏は深い溜め息をつきながら肩を落とす。 「ですがこの頭になったせいで余計に雪姫さんはわたくしから距離を取るようになりました。だからわたくしは頭を売ったお金でもっともっと高価な物をプレゼントし続けたのです。とうとう売る物が尽きたわたくしは借金に手を出しました。そこから今の状態に転がり落ちるのは実に簡単でした。今はもう利息も払えず借金が膨れ上がっていくだけです」 「うう。ランプさん可哀想……」 晶子はバリボリと煎餅を食べながらランプ氏の話に同情した。好きな人に振り向いてもらうために努力しても報われないというのは、きっと悲しい。 「それで今日が借金返済の日なんですが、お金なんて持っているわけもなく。だからテレビを見てわたくしも強盗をしようと、この家を尋ねたんです。ですがあなたの優しさに触れ、目が覚めました」 ごーとー? セールスマンじゃなかったのかしら、あれ? 小説家なんだっけ? と晶子はクエスチョンマークをたくさん頭に浮かべた。彼女の辞書に強盗の文字は無い。 だがランプ氏がお金に困っていることは解った。しかし残念ながらこの家にもお金は無いのだ。あったらこんなぼろアパートで暮らしてはいない。 「ごめんなさい。私じゃお力になれなくて」 「いえいいんです。お気になさらないで晶子さん。全部わたくしめの自業自得です」 ランプ氏が溜息をつくと、カンカンカンというアパートの錆びた階段を荒々しく昇ってくる音が聞こえてきた。その足音にランプ氏はびくっと身を竦める。 「おいランプ! こっちに逃げてきたのはわかっているんだ! さっさと借金を返すか死ぬか選んだらどうなんだ!」 ドスのきいた怒声が響き渡る。声と足音はどんどんと部屋へと近づいてきた。 「……奴らだ」 「え?」 「借金取りですよ。わたくしを双葉湾に沈めに来たんだ!」 「シャッキン鳥ってどんな声で鳴く鳥さんかしら。きっとシャッキン、シャッキンと鳴くのね」 晶子は小首を傾げて空想を広げている。 「何を言ってるんですか晶子さん。ああ、どうしよう。ここにいるのがバレたんだ!」 あわあわと、ランプ氏はちゃぶ台の下に隠れようとするが、電球が引っかかってもぐりこめもしない。 「この部屋に入って行ったのは見えたんだ! とっととここを開けないとぶち破るぞ!」 借金取りたちはドンドンと部屋の扉を叩いた。「あら、お客さんだわ」と晶子は扉を開けようとしたが、ランプ氏は晶子を制止する。 「やめてください。あいつらは恐ろしいんです。晶子さんが扉を開けた瞬間、あいつらの顔を見て気絶してしまいますよ!」「 「いやねランプさん。脅かさないでくださいよー。うふふ。この世の中に怖い人なんかいるわけないじゃないですか」 晶子はにこやかにしながらそっと鍵穴から扉の向こうの人物を見た。 そこにはグロテスクな怪物二人が立っていた。片方はいくつもの目玉を持ち、大きな口から牙が見えているスーツの男で、もう一人は顔がぱっくりと二つに割れ、そこから脳みそが丸見えになっているアロハの男である。 どうやらランプ氏は、人間以外の金融機関からお金を借りてしまったようだった。 「あら、みんな可愛い顔じゃないですか」 「嘘だ! 絶対嘘だ! ダメですよ晶子さん、開けたら食べられちゃいますよ!」 ランプ氏がなんで慌てているのかさっぱりわからず、晶子は部屋の扉を開けようとドアノブに手をかけた。 「あなたたち、人ん家の前で何をしているんですか」 すると扉の向こうから機械的な抑揚のない声が聞こえてきた。 「なんだてめえ。ここがお前の部屋か。早くここを開けろ!」 「おう、早くしねえか。アニキが怒ってるだろ。食っちまうぞお前」 扉の向こうでドタバタとした音が聞こえてくる。何やらやってきた三人目の人物と揉めているようだが、 「“さっきニュースでやってたけど、今から隕石がこの街に降ってくるらしいから、自分たちの古巣に戻った方がいいですよ。ほら、もうすぐここは吹き飛ぶから”」 そんな大法螺を三人目が吹くと、怪物顔の男たちは完全に信じ込み、パニックを起こした。 「いやだー! まだ死にたくねえ! 逃げましょうアニキ!」 「ああ、早く異界に帰るんだ!」 などと叫び声を上げて階段を下りていくのがわかる。晶子はその三人目の人物の声に聞き覚えがあった。 「おかえり、中也くん」 「うん。ただいまアキ姉」 扉を開けると、そこには晶子の弟、夏目五兄弟の次男である中也《ちゅうや》が立っていた。彼はどんな荒唐無稽な嘘でも、相手に信じ込ませることができる異能――“ペテン”を持っているのである。 「……アキ姉。家にいるあのでかい電球ってなんなの?」 また妙な物を家に持ち込んできたのかと、中也は呆れたように部屋で怯えているランプ氏を指差したのだった。 「なるほど。事情はわかったよランプさん」 ランプ氏から話を聞いた中也は、また面倒事が増えたなと思いつつも、晶子が彼を助けたがっているようなので放っておくわけにもいかなかった。無視すれば晶子は勝手に行動してしまうだろう。 「ありがとうございます弟さん。借金取りを追い払ってもらって」 「あいつらはここに隕石が落ちてくると思い込んでいるからしばらくは追ってこないと思うよ、でも借りたお金は返さないといけない。だからその間にお金を稼ぎましょう」 「お金を、稼ぐ?」 「そうです。あなたは原稿代も印税も貯金も、全部使ってしまったわけですよね。なら後は別の仕事で稼ぐしかないでしょう」 「しかしこんな頭じゃあ、真っ当な会社は雇ってくれませんよ」 ランプ氏はこんこんっと自分の頭を軽く小突く。中也はお茶をずずっと啜った後こう言った。 「それならばその頭を活かす仕事をすればいいじゃないですか。乗りかかった船ですから、ぼくもあなたの就職活動に協力しますよ」そうしてすっと立ち上がり、中也はタンスから何やら衣装を取り出した。「どうだいアキ姉。どこかのお偉いさんに見えるだろう」 中也はどこかの独裁者のようなちょびヒゲを貼り付け、髪の毛をオールバックにし、そして悪趣味でド派手なスーツを着込んだ。その上お腹に詰め物を入れて恰幅の良い体型になった。締めにグルグルメガネをかければ、どこからどう見ても成金親父、という姿である。顔以外は。 「よく似合ってるわよ中也くん。七五三みたい」 「そ、そんな雑な変装してどうするんですか?」 中也がそんな格好をしていても若すぎて威厳なんてまったくない。しかし中也は自信がありげである。 「なに。ぼくのような無個性な人間は変装しても見抜かれにくいんですよ。それにぼくの異能があればどうとでもなります」 「そんなものですか……」 「そうです。さあ、ではランプさん。ちょっと出かけましょう」 ランプ氏が中也に引き連れられてやってきたのは双葉区の郊外にある人口山だ。 その人口山の奥では、厳かなヒゲを蓄えた小人たち――ドワーフがせっせせっせと何やら山に穴を開けており、「ハイホー♪ ハイホー♪ おっとこれ以上はいけねえ」などと歌いながら楽しそうに仕事をしている。 「中也さん。彼らは何をしているんですか?」 小人たちがツルハシやスコップを持って山を削っているのを、ランプ氏と中也は物影に隠れながら見つめていた。 「彼らドワーフはここで炭鉱を作っているんですよ」 「炭鉱? 人工島のここに?」 「ええ。もっとも、まともな炭鉱ではなく異界と繋がった炭鉱ですけどね。ランプさん、ここがあなたの仕事場になるわけです」 当然ながら未開発の炭鉱内は真っ暗で、ドワーフたちはヘルメットについている照明だけを頼りに作業をしている。その灯りだけではあまりに心細い。 「というわけで親方さん。うちのこのランプをお使いになりませんか」 中也は威厳を保ちながら、ドワーフの親方へと掛け合った。当然ながら親方は「はあ?」と、一際長いヒゲをさすりながら胡散臭そうな顔で応対する。だがそれも予定の内である。中也はどんっとランプ氏の背を押して親方に突きだした。 「“これは百年の実績を誇る我がエントロピー社の最高傑作、人型照明器具RXです。どんな暗闇でも昼のように灯りを照らすことができます。しかも電池も電線も不要。すべてこのランプの自家発光ですから。世界中、様々な工事の場で活用されているのです。実用実績ナンバーワン。安心安全。格安を売りにしております”」 中也は思いつきで大嘘をべらべらと喋り始めた。ランプ氏はこんなハッタリ通用するわけがないと思ったが、親方は「それはすごい」と手を打った。 「それで、利用料はおいくらで」 「“そうですね。このランプは人間と同じ扱いなので、使用料はそのまま日給ということで――”」中也はそろばんを取り出してパチパチと打ち出した。「“ざっとこんなものでどうでしょう。今回は初回ということで大分お安くしておきますよ。ただ契約が終わった後は、返して貰うことになりますが”」 「うむ。ではお願いします」 「“ご契約ありがとうございます。では、この契約書にサインを”」 中也はあっという間にランプ氏の雇用(?)契約を済ませてしまった。この少年はとんだペテン師だなと、ランプ氏は呆れかえる。だが助かった。自分のこの頭が活用できる仕事につけるとは幸運だ。ランプ氏は中也に頭を下げて、仕事に励むことになった。 それから数か月後、炭鉱工事も終わって、ランプ氏は借金を完済してもお釣りが出るほどに稼ぐことが出来た。雇用契約も終了し、たくましくなって帰ってきたランプ氏は、挨拶をするために再び夏目姉弟のアパートに訪れた。 「よかったですねランプさん」 晶子はにっこりとほほ笑みながらランプ氏にお茶を出した。その隣には中也もいる。 「ええ。これで借金地獄から解放されました」 「これからは借金を作らないように、変な女に騙されちゃダメですよ」 中也は苦笑混じりにそう言ったが、ランプ氏は首を横に振った。 「いいえ。わたくしはまだ雪姫さんのことを諦めてはいません。借金を返して、余ったお金でこれを買ってきたのです!」 ことんっとランプ氏はちゃぶ台の上に小さな箱を置いた。これは中也たちもドラマやなんかで見たことがある。 「ランプさん……これってまさか……」 「そう、婚約指輪です! しかも一番高級なやつ! これで貯金も生活費もまたゼロになりましたが後悔はしていません」 そう言うランプ氏の頭はピカピカと光っていた。 中也は呆れて物も言えなかったが、彼とは対照的に晶子はきゃっきゃと大喜びである。 「結婚するんですか、おめでとうございます! 私も結婚式に呼んで下さいね。お幸せに!」 とランプ氏の恋に感激していた。しかもランプ氏は照れたように頭をぽりぽりと掻いている。 そもそもまだ付き合ってすらいなかったんじゃ……と思ったが、中也はもう深く考えるのをやめた。 「おっと。もうこんな時間だ。では、そろそろ雪姫さんとの約束の時間なのでこの辺でおいとまさせていただきます」 ランプ氏は時計を確認して立ち上がり、婚約指輪の入った箱をしまい込む。その手は震えており、本当は緊張しているのだろうと中也は思った。 「ランプさん」 「はい?」 「“頑張って下さい。あなたは立派な人だ。きっと雪姫さんも振り向いてくれます。だから、自信を持ってください”」 ランプ氏を呼び止めて中也は最後にそう言った。異能《ペテン》を使い、彼に自信を持たせることが中也に唯一出来ることであった。 「私も応援してますよ。頑張ってください」 晶子にもそう言われ、ランプ氏は頭を下げ、「ありがとうございます」と出て行った。 美しい夜景が見える双葉公園の展望台、そのベンチでランプ氏は愛しい雪姫と待ち合わせをしていた。こういう時、もっと緊張して、心臓が破裂するほどドキドキするかと思ったが、どうやらさっきの中也の言葉《ペテン》が効いたのか、ランプ氏はどしっと男らしく構えていた。 「こんばんは、ランプさん。お待たせしましたわ」 冷えた夜の空気に、凛とした声が響く。ランプ氏が後ろを向くと、そこには世にも美しい雪だるまが立っていた。真っ白な肌と丸々とした体が描く曲線は蠱惑的で、妙な色気があり男たちを魅了させる。石炭で出来た目に見つめられたら凍えてしまいそうだ。 ランプ氏もまた、彼女の美しさに魅入られていた。 「ああ、雪姫さん。わたくしも今来たところなんですよ」 「そう。それはよかったわ。隣、いいかしら」 「どうぞ、ここにお座りください」 ランプ氏は胸ポケットからハンケチを取り出して、ベンチの上に置いた。 「あら、紳士ね」 「いえ。当然のことですよ」 ランプ氏にエスコートされるまま、雪姫はハンケチの上に腰を下ろした。じんわりと雪が染みこむ。 「ランプさん、あなたなんだか前に会った時と違うわね」 「そうですか?」 「ええ。なんだか落ち着いているもの。いつもはオドオドとしていて、気弱な感じがしてあたしの好みでは無かったわ」 「はは……」ランプ氏は雪姫の歯に衣を着せぬ物言いに苦笑する。だが彼は彼女のこんな性格にも惚れているのである。「わたくしは少しばかり力仕事に励みましたからね、そのおかげもあるんでしょう」 ランプ氏が自慢げに力こぶを作ると、そっと雪姫は彼の腕に触れ、つつっと自分の身体を密着させた。 「ほんと、逞しいわ。抱かれたい……」 「ゆ、雪姫さん……!」 なんてことだろうか、雪姫はランプ氏のことを見直していた。 これはいける。絶対にいける。 指輪を渡すチャンスは今しかない。 ランプ氏は意を決し、ポケットの中に手を突っ込んで箱を握り締める。だが雪姫はさらに体を密着させ、豊満なバストがランプ氏の腕に沈んでいく。 「あ、あ―――――――!」 ランプ氏の頭が激しく光った。 あまりの気持ちよさに、ランプ氏は興奮してビカビカと限界まで電球を発光させてしまったのだ。感情が高まると光の制御が出来なくなり、光り輝いたままになってしまう。 「す、すいません雪姫さん! 眩しいから目を瞑っていて下さい。今光を落としますから――」 と、ランプ氏が隣の雪姫に言ったのだが、もうそこには誰もいなかった。 ただベンチに雪交じりの水が溜まり、ぽとぽとと地面に落ちているだけである。 雪だるまの雪姫は、ランプ氏の発熱に耐えられずに溶けて消えてしまったのだった。いや、水に変化しただけで、雪姫は存在していた。だが随分とご立腹のようだ。 「あたしを溶かすなんて酷い人! もう二度と連絡してこないで! さようなら!」 ぶりぶりと怒って、水状のまま雪姫は去って行ってしまった。 「…………」 後には茫然とするランプ氏だけが残された。 告白する前に失恋してしまい意気消沈したランプ氏の頭の光は、ふっと消えてしまう。彼の心情を表すかのように、虚しく冷たい風だけが吹いている。 「はあ。結局わたくしは女の人に嫌われる運命なんだ……」 失恋の悲しみに暮れたランプ氏は、絶望していた。 彼女のためにあれだけ苦労し、頭も電球になり、借金も抱え、それを返すために何か月も炭鉱に潜ったのだ。それにも関わらず、恋は一瞬で終わりを告げてしまった。 「……死のう」 ランプ氏はこの世の終わりというような声で呟いた。 この電球頭でいる以上、自分は一生幸せになることはないだろう。 もう人生を終えてしまうのがいい。これ以上生きていても、きっと何もいいことはないのだ。 公園の立ち入り禁止ロープを解き、これで首でもくくろうとランプ氏は覚悟を決める。途中で枝が折れるなんて間抜けなオチがないよう、この公園で一番枝のしっかりとした木を捜して首吊り用にロープを結んだ。 ゴミ箱を足場にし、ランプ氏はロープに首を通す。 「ああ。さようなら現世。父さん、母さん。先立つ不孝をお許しください。アーメン」 えいっとランプ氏は足場を蹴った。 ロープがきゅっときつく締まる。 だがランプ氏は死ぬどころか意識が遠のくこともなく、ぶらんぶらんとまるで、てるてる坊主のようにロープに揺られることになった。 「……あれ?」 なんでロープが首に締まらないんだ、と思ったがそれも当たり前だった。電球の頭を持つランプ氏の首は、口金という金属部品だ。だからロープなんかが締まるわけがなかった。 「…………ぷっ。ぷはははははははははははははは!」 自殺にすら失敗してしまったランプ氏は、もうすべてがどうでもよくなってしまった。一周回って笑えて来た。ただ情けない自分に照れ笑いするだけである。 絶望から一転、逆にランプ氏の心は逆にテンションが上がっていた。 「はあ。死ぬなんてくだらないよな。やっぱ生きててよかった」 ここで自殺が失敗したのはきっと天からの報せなのだろう。これから何かいいことがあるかもしれない。 女は星の数ほどいる。別れがあれば出会いもあるのだ。 そう思うと、自然と希望が溢れてきた。 そんなランプ氏の気持ちに呼応するように、ランプ氏の頭は再び光り始めた。その光はただ激しいだけではない、温もりを感じさせるものであった。 「あら、綺麗な光ね。ちょっと寄らせてもらっていいかしら」 ふと、どこからか声が聞こえてきた。 声の方を向くと、そこには人間サイズの大きな蛾が飛んでいた。いや、正確には蛾そのものではなく、蛾人間とでも呼ぶべき者である。美しい女性の背中から、鱗粉をまき散らす羽が生えているのだ。頭からはみょんっと可愛らしい触覚も伸びている。 「は、はい」 ランプ氏が返事をすると、蛾女は寄り添うように彼の近くで飛んだ。蛾の習性なのか、彼の電球の光に惹かれてやってきたようだ。 「本当に温かい光。ずっと傍にいたいぐらいだわ」 蛾女は長い睫を瞬かせ、ランプ氏をじっと見つめる。 ランプ氏はまだ自分のポケットに婚約指輪が収まっていることを、ふと思い出していた。 ※ ※ ※ そしてそれから幾月も過ぎ、翌年のお正月。夏目姉弟のアパートに一通の年賀状が届いた。 「中也くん、見て見て! これ見て―!」 こたつの中に入って中也がみかんを剥いていると、ドタバタと晶子が年賀状を持って飛び込んできた。 「どうしたのさアキ姉」 晶子から年賀状を受け取った中也は驚く。 「ねえねえ。よかったね中也くん。あの人幸せになったみたい」 「そうだねアキ姉」 また一枚返事を書く年賀状が増えたな、と中也は手紙とペンを取り出した。 届いた年賀状は写真つきだ。そこには『子供が出来ました』という文字と共に、ランプ氏とその奥さん。そして電球の頭と蛾の羽を生やしている赤ん坊が、幸せそうに映っていたのだった。 おわり トップに戻る 作品保管庫に戻る
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~双葉半角人狼鯖~ 【紫炎鯖】http //shien.halfmoon.jp/jinro/jinro_index.htm 最大人数変更可・初日犠牲者あり・実時間選択可・20人から人狼4に アイコンシャッフル、独り言機能が追加され実質メイン 【PHP鯖】http //shien.halfmoon.jp/jinro_php/index.php GM不要、初日犠牲者あり、各種オプションあり、詳しくはルール参照 【メイン】http //nekoaisu.hp.infoseek.co.jp/public_html/jinro_index.html 8人から狼は狂人の判別がつきます ~汝は双葉人狼なりや心得!~ ※初めての方や他スレからこられた方もテンプレによく目を通してください。 ・まず最も重要な事、誰がどの役とかのネタバレは絶対禁止。 ・詳細ルールは「双葉汝は人狼なりや?」ルール説明を参照。 ・用語集・攻略・他人狼スレ、基本的な諸注意などは 2-7あたり ・荒れる事をスレに書き込む人は荒らしです。 ・村・チャットなどスレ以外で起こった問題はスレに持ち込まず スレ以外の発生地で解決しましょう。 ・荒らしは自作自演して自分を優位に見せます。 住民が荒らしをスルーしてる限り、荒れる書き込みは荒らししか書いていません。 ・荒らしにレスする人も荒らしです、スルーしましょう ・マナーとモラルを心がけ、E&E(エンジョイ&エキサイティング)! ・書き込みが950を越えたらその辺りの人が新スレを立てること。 ※村作成は安易にせずにきちんと点呼をとってからにしましょう。 前スレ 汝は人狼なりや?スレ ○○夜目 http //www.2chan.net/test/read.cgi/ascii/xxxxxxxx/ ~関連URL~ ・初めての人はここを読んで勉強しよう(各能力別役割パターン等) http //wearwolf.netgamers.jp/wiki/ ・双葉人狼専用Wiki http //www11.atwiki.jp/jinro_hutaba/ ・雑談・待機用チャット (気軽に入室。雑談や特殊ルールなどに使用。) http //www.geocities.jp/jinrounariya/ ・汝ハ人狼ナリヤ?(人狼リンク集) http //jinro.nobody.jp/ ・人狼-荒神・紫炎鯖ログ-私的保管庫 http //bunnys.ddo.jp/jinro/ ~人数早見票~ 数8 村人5~6 狼1~2 占1(村人は5or6、狼は1or2のランダム、霊能者無し) 数9 村人5 狼2 占1 霊1 狂0 狩0 共0 狐0 数10 村人5 狼2 占1 霊1 狂1 狩0 共0 狐0 数11 村人5 狼2 占1 霊1 狂1 狩1 共0 狐0 数12 村人6 狼2 占1 霊1 狂1 狩1 共0 狐0 数13 村人5 狼2 占1 霊1 狂1 狩1 共2 狐0 数14 村人6 狼2 占1 霊1 狂1 狩1 共2 狐0 数15 村人6 狼2 占1 霊1 狂1 狩1 共2 狐1 数16 村人6 狼3 占1 霊1 狂1 狩1 共2 狐1 数17 村人7 狼3 占1 霊1 狂1 狩1 共2 狐1 数18 村人8 狼3 占1 霊1 狂1 狩1 共2 狐1 数19 村人9 狼3 占1 霊1 狂1 狩1 共2 狐1 数20 村人10 狼3 占1 霊1 狂1 狩1 共2 狐1 数21 村人11 狼3 占1 霊1 狂1 狩1 共2 狐1 数22 村人12 狼3 占1 霊1 狂1 狩1 共2 狐1 ※紫炎鯖ではプレイヤー20人以上から人狼が4名になります。 数20 村人9 狼4 占1 霊1 狂1 狩1 共2 狐1 数21 村人10 狼4 占1 霊1 狂1 狩1 共2 狐1 数22 村人11 狼4 占1 霊1 狂1 狩1 共2 狐1 ~GM(ゲームマスター)心得~ ・GMがプレイヤーとして参加する時は仮GM機能を使うこと! ・村は原則としてスレまたは村内で宣言してから立てるようにしましょう。 ・村立てや開始時間は時間に余裕を持ってスレへ宣言、前もって宣伝 (村人を取り合わないように宣言してすぐに立てない)。 ・乱立した場合は統合すべくスレで話し合いましょう。 ・立てた村には責任を持って最後まで付き合いましょう。 ・使われずにゲームが開始されなかった村はきっちり消しましょう。 (GMは村を作成のところで村を終了を選んで不要な村は消すこと) ・1つの鯖で同時に動かせるのは2つまで。3つめの村は建てないようにしましょう。 ・同じ鯖ばかり使わずに使用する鯖を適度に分散させましょう。 ・荒神鯖での心得 実時間村が1つ稼働中の場合は2つ目以降の村は仮想時間村にする事。 (実時間村は負荷が高いので同時に2つの実時間村はデンジャラスです) 廃村は一番負荷が掛かります。なるべくしないようにお願いとの事です。 ~村民心得~ ・プレイ時間は展開にもよりますが16名で役1時間半、22名で2時間弱かかります 最後までできるかよく考えてから参加しましょう。 ・無駄な『突然死』をさせないようにしましょう。 重要な役に選ばれたりするとゲームが無駄に混乱します。 ・誤って村民登録した際は、ゲーム開始前ならGMに通告することによって村民登録を外せますが、 ゲーム開始後は突然死でしか参加者を消せません。登録自体を抹消はできません。 ~他スレ交流心得~ ・他の人狼サイトに違うスレ・違うサイトの専用村を作らないこと。 (人狼サイトには各々の専用の村人募集スレがあります) ・村を作る時は、その人狼サイトの専用スレで村立て宣言し募集をすること。 ・作った村の村人を他スレで募集する場合は、まず専用スレで募集した後に他スレで募集すること。 他スレでの募集の仕方は、募集元のスレURLを貼る。人狼サイトと村名だけを書き募集しないこと。 そして募集元のスレを経由してスレ住民として遊ぶこと。 ~用語集~ 【 E&E! 】 エンジョイ&エキサイティング! 【 CO 】 カミングアウト Coming Out の略 主に能力者の宣言の時に使用される。 占いCO 霊能者CO 等。 【 GJ 】 グッジョブ Good Job の略 良い仕事。また、そういう仕事をした人に送る声援。 占い師GJ 池上GJ 等。 【 吊り 】 処刑の事。 【 池上 】 スラムダンクに出てくるディフェンスに定評のある三年の池上が元ネタ。 狼の攻撃を防いだ狩人に対して使われる。 【 森崎 】 狩人が占い師や守るべき能力者を守れなかった時に使われる言葉 元ネタはキャプテン翼にに出てくる南葛のSGGK(スーパー頑張り ゴールキーパー)こと森崎君。 【 プリキュア 】 共有者のこと、白キュアと黒キュアも同じ。 元ネタが判らない奴は、虹裏へ来る資格無し! 【 デスノ 】 デスノートの略で、更新をしてないプレイヤーやゲームの進行を妨げる人に対して GMが最終手段として強制的に殺してしまうこと。 元ネタは週間少年ジャンプで連載していたDEATH NOTE 【 RP 】 ロールプレイの略、なりきりの事。 【 チャック 】 過去迷推理で村人を混乱させ、果てには最終投票で千日手になった際に、 狼とは無関係の可憐な人に投票し勝負を投げた愛すべき人である。 【 専務 】 過去狂人にもかかわらず占い騙りした際占い師と同じ動きをし 狼に狼判定を出してしまい挙句村人勝利に貢献してしまった人。 今では狂人が人狼側不利に動く事を総じて専務と言うように。 【 PP 】 パワープレイ、組織票、ニヤニヤendの事。 【 妖怪ノシノシ 】 スレッドに伝わる都市伝説 それに泣かされたGMは数多し、のしのしの歴史は古い 【 地雷村 】 点呼無しで突然現れる村 GMが消さないor定員が埋まらない限り一生住民登録画面に残る 誤って登録しないように注意 初めてのGM心得 ―見てから建てろ!― 1.スレで点呼を取る 必須、点呼ついでに希望鯖や仮想時間・制限時間のアンケートをとると良いかも 昼は無しor7~12分、夜は5分~7分辺りが望ましい。 発言し放題の場合制限時間なしにすると大惨事になるので注意 (昼は全員が投票しないと終わらない等) 発言し放題の場合は90秒の自動沈黙等をつけることをオススメします。 2.点呼を確認したら村を作成する どの位かは最低3人から上はいくらでも、4人辺りが平均的 作成手順はゲーム進行手引書(↓)を参考に http //shien.halfmoon.jp/jinro/jinro_gm.htm 3.スレに作成した事を知らせる ○○鯖 ○○村 ○○番地 (仮想時間のみ 自動沈黙:90秒) 立てました、参加者募集中です。等 4.作成した村に”村長”で入室する 村に入ったら何でもいいから発言してくれると入る人はちょっと安心 GMが居ないかもしれない、と言うのはかなり怖いので。 人が来るたびに挨拶するのもいい 5.定員が集まったorこれ以上参加者が来ないと判断したら開始する これより○分後に開始するので皆さん準備・更新しておいてください等言い 行動内容の中から”ゲームの開始”を選び行動してゲームスタートさせる (15人以上からは妖狐発生人数なので発生させる方がいい) 開始お勧め人数は 8・9・11・12・16・22人 有利不利が少ない人数。 6.開始報告をする 忙しいかもしれないがこれだけは絶対に忘れてはいけない。 開始すると決めたら、開始ボタンを押す前に開始報告の内容を用意するのも手。 開始報告をしないと周りの人に多大な迷惑をかけます。 これが出来ないGMは叩かれるかもしれません。 7.上から生暖かい目で見守る 昼・夜が終わりそうな際に各々の更新時間を見ておく 初日犠牲者 初日犠牲者さん [村 人]◆ 04/06-18 40 ← ここが最終更新時間 5分以上更新がない場合この時間を示す文字が赤くなる ゲーム進行を妨げる恐れがあると判断する場合即座に 行動内容の 突然死 を選び対象をデスノする 投票時間になり止った場合は考えている可能性大なので少々待つ 3分以上投票のない場合はそは未投票者に通告、を使っても良いだろう 投票時間は”再投票”をする事によりリセットされる、巧く使おう。 7.ゲームが終わったらスレに終了報告をする ○○番地、村人勝利でした、等 村の簡単な感想を入れると尚良し GMの仕事と言えばこれだけ これだけをきちんとしてくれれば村作成大歓迎。 時間設定について 時間設定、バランスについて纏めてくれた方の文を多少改変し、転載させて頂きます。 経験の浅いGMさんは参考にされると良いかと思われます。 【昼:議論する時間】 昼無し=仮想時間のみ。 シンプルイズベスト。 昼 5分=少人数専用 昼 7分=16人以上だと短いと感じる事も。 昼10分~時間設定無しでだれると思うならこの辺で。 【夜:狼の作戦会議時間】 夜無し=初心者狼だと必要以上に長くなることが多いので× 夜 5分=16人以上のなら短いかも 。 夜 6分=5分では短い、7分では長いと思う方はこれを。 夜 7分=大人数ではこれが良いかと、狼にやさしい。 夜10分~ガチ推理村用。 【投票制限:GMのやることが減ります】 3分=ナローな人やPCの調子が悪い人は死ぬ可能性あり 5分=余裕があり、ベスト 7分=7分にするなら無くて良いかも 【自動沈黙:サクサク進行したいならお好みで】 90秒=付けるならこれがオススメ 120秒~付けても付けなくても一緒かも 開始人数について 8人開始、最低人数、狼1なら村人、狼2なら狼有利 9人開始、霊能者発生、最終日4人、狼有利 10人開始、狂人発生、狼超有利 11人開始、狩人発生、狼若干有利 12人開始、吊り回数デフォルトで5回、村人若干有利 13人開始、共有者発生、村人有利 14人開始、村人大幅有利 15人開始、オプション妖狐発生可能、村人vs妖狐、狼超不利 16人開始、人狼3に、バランス良 17~19開始、村人有利 20人開始、紫炎鯖のみ人狼4に、狼有利? 21人開始、狼まだ若干有利か 22人開始、バランスよさそう。だけど長い。 以上の事から 開始は8・9・11・12・16・22人開始がオススメ。 時間設定は ~12人まで昼無し~10分、夜5分 16人以上は昼無しもしくは10・12分、夜7分辺りがいいかと。 妥当と思われる設定 8~9人(少人数村) 仮想時間or喋り放題 昼なし~7分 夜3分 投票3分 11~12人(中人数村) 仮想時間or喋り放題 昼なし~10分 夜5分 投票5分 16人(大人数村) 仮想時間or喋り放題 昼なし~12分 夜5~7分 投票5~7分 自動沈黙はお好みで ~他~ ・荒神鯖ログ置き場 http //futabajinro.fc2web.com/ (PHP鯖テスト鯖) http //jinro.zapto.org/ (PHP4 + MYSQL移植版・GM不要システム開発中 他鯖との仕様の違い説明や管理者への連絡板は http //p45.aaacafe.ne.jp/~netfilms/ ) (サブ・荒神鯖) http //aragami.lib.net/jinro_index.htm (最大人数変更可・初日犠牲者あり・実時間選択可) 一時閉鎖 (仮設荒神鯖) http //motoa.at.infoseek.co.jp/cgi-bin/jinro_index.htm (特殊ルール無し、仮想時間のみ) 村宣伝テンプレ例 会場URL (鯖のアドレスhttp //www~ ) 【 部屋名 】 (ここに村名)村 xx番地 【 開始時間 】 xx xx 集まらない場合はxx分延長 【 予定人数 】 8人~xx人 【 妖狐に関して 】 15人以上集まればあり 【 時間制限に関して 】 発言し放題・仮想時間 昼xx分 夜xx分 【 RPに関して 】 他プレイヤーに不快感を与えない程度で 【 Kickに関して 】 更新がない場合、その他進行に支障が出る場合 【 その他のルール 】 システム(独り言含む)コピペ禁止、過度の暴言禁止 村人陣営による村人を不利にする騙り禁止 戦略的突然死禁止
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ラノhttp //rano.jp/1664 六谷彩子は自称「最強の女子高生」である。 非常に気の強い性格だ。中等部時代はクラスの男子を虐げてはこき使い、女子から羨望の眼差しをこれでもかというぐらいに集めて見せた。 そんな彼女は今年、双葉学園本校に復帰し、高校二年生に進級する。 新しいクラス、それは「二年C組」。 「ふふふ、どんなクラスか知らないけどぉ、この彩子様がみーんな支配下においてみせるわ! 六谷家の名にかけて!」 その三 委員長との喧嘩 双葉山がみずみずしい若緑に姿を変えて、ようやく暖かいそよ風もやってきた頃だった。 「くぉらぁ―――ッ! 召屋正行―――ッ!」 ズバーンという、教室の引き戸が縦に吹っ飛んだ音。 彩子は「ひっ」と肩を大きく動かし、恐る恐る後ろを振り向く。 「あんたって人は、また昨日も私の大切な千乃と一晩過ごしたんですって!」 「頼むから何度も何度も言わせないでくれ! 俺たちはただ、あの数学教師に厄介ごとを押し付けられているだけであって!」 「ちょっと大目に見たらコレよ。・・・・・・久しぶりにキレちゃったわ。屋上行きましょ」 「いや、だから俺は好きであんな男と」 「『あんな』とか言うんじゃない! もう許さない。絶対に許さない。今日こそ白黒着けるわよ!」 「そんなつもりはねえって! おい、誰か、コイツを止めてくれぇー!」 シャツの襟を掴まれ、ずるずる連行されていく召屋。C組の面々にとって、すっかりお馴染みとなってしまった平和なお昼の一コマである。 だがその間、彩子はがたがた怯えながら机の下に身を潜めていた。 彩子は先月、春部里衣にこれでもかというぐらいに打ちのめされてしまった。 猫嫌いな彩子にとって、まさに最悪の敵だった。べったり密着され、首筋や指先を舐られ、柔らかい体毛で全身を撫で回されてしまった。彩子は完全に彼女のことが苦手になってしまったのだ。 春部がこうしてズカズカとC組に入り込んできている以上、また何をされるかわからない。彩子はC組の一員となってから早一ヶ月で、冒頭のような破天荒さが影を潜めつつあった。 それでも、プライドの高い彩子だ。どうしても譲れない場面はあるのだ。 「ちょっと六谷さん?」 「何よ」 大嫌いな案畜生の声を聞いたとたん、心の中に熱い怒りの炎が舞い上がる。彩子は立ち上がり、自分の机をはさんでそいつと対峙した。きつい目つきをした眼鏡少女同士の対決が始まった。 「何よじゃないでしょ? いい加減、どうにかならないの? その竹刀」 壁に立てかけてある、彩子の竹刀を指差しながら言う。 彩子は幼い頃から剣道をたしなんできた。今も河越明日羽の家の道場で、鍛錬を積んでいる。だから、学校のときも家にいるときも町を歩くときも、いつも竹刀を手放さない。しかし、C組委員長・笹島輝亥羽は、彩子が竹刀を持ち歩いていることを非常に気にしていた。 彩子はつんと鼻先を上げながら、委員長にこう言う。 「武器ぐらい持っててもいいでしょう。他にもそういう生徒いるじゃない」 「あなたねぇ・・・・・・。その竹刀で、どれだけ周りの人間が被害こうむったか、理解して言ってる・・・・・・?」 委員長のまっさらなおでこに、ビキビキッと青筋が走った。 「肩と肩が触れたからって、男子生徒のケツを竹刀で引っ叩いたり、冗談でセクハラ気味の発言をかました男子教諭の右手に『小手』をかましてチョーク握れなくさせたり、しまいにはほんの少しでも胸に視線を投げかけた拍手くんに、見るも鮮やかな面打ちをぶちかまして泣かしたり! 竹刀を握らせた六谷さんは危険すぎるのよ!」 「正当防衛よ。私なりの指導でありコミュニケーションなの。わかる?」 「わっかるわけないでしょうがあッ!」 笹島は手のひらで彩子の机を叩いた。縦に深いひびが入ってしまった。 「おかげで今や、あなたを中心として半径三メートルに男子が近寄れないという異常事態! 体育や班活動で悪影響を及ぼしているのよ? 他の科目の先生とか、みんな困っちゃってるじゃない!」 まーた貧乳が厄介なこと言って騒いでんなと、彩子は眉を吊り上げながら思った。 もともとクラス委員になりたかった彩子にとって、目の前の笹島輝亥羽は非常に気に食わない相手であった。予期せぬトラブルによって選出の会議に出席できなかったのが悪いのだが、あれだけ喉から手が出るぐらい欲しかったクラス委員長の座が、こんな地味でつまらない印象を与える女の手に渡ったと思うと、傲慢な彼女はいよいよ不愉快になる。 だから、彩子は頑として笹島の指導には耳を貸さなかった。 そしてこのような困った存在によって、そろそろ笹島の怒りが爆発しようとしていた。頑固者と頑固者が張り合っていては、いつまで経っても収拾は付かないのだ。 「いいこと? 六谷さんは竹刀を持ち歩くのを即座に止めなさい! 二十四時間以内に何とかしなさい!」 「冗談じゃないわ。私は剣術で戦うのよ? 武器の携帯も許されないなんて馬鹿げた話、聞いたことないッ!」 「六谷さんの異能は『遠距離攻撃』って耳にしましたけど?」 「うっ・・・・・・。どこで知られたんだろ・・・・・・」 彩子は異能の性格上、こういった生徒間との張り合いで異能を使うことができない。 それは『ファランクス』が遠距離特化型であるためで、まさかこんな狭い教室内で派手に火を噴くわけにはいかない。それに、発射前に相手の動きをインプットしなければならないので、攻撃まで時間がかかってしまうのだ。 そのような癖のある性質が災いし、彩子は喧嘩で異能を使うことができない。だから、相手に対して優位に立つためには、どうしても剣術――竹刀が必要となるのだ。 「とにかくね、あーだこーだ言ってないで人の言うことを聞きなさい。ただでさえ他から変態クラスと指を差されて、毎日春部さんにドア蹴破られて、担任や醒徒会や風紀委員に嫌味言われて! 私はストレスで胃袋ひっくり返っちゃいそうなのよ!」 笹島はものすごい剣幕でまくしててる。とんでもない大音声に彩子は両耳を塞ぐ。 「しかもね、あなたのお姉さんから風紀委員を経由して、委員長であるこの私があなたの面倒を見るよう言われているんです。学生課の幸子さんからもね! 断れるわけないじゃない! どうして私があなたの世話を焼かなきゃならないのよ!」 「知ったこっちゃないわ・・・・・・!」 口角泡を豪雨のごとく真正面から浴びせつけられ、お洒落な眼鏡はべっとりと汚されてしまった。彩子はこめかみをぴくぴくさせながら、据わった低い声でこう言う。 「竹刀を取り上げられるぐらいなら・・・・・・」 そして、ついに立てかけてあった竹刀を握った。 彩子は大きく振りかぶる。短気な彩子の怒りが頂点に達した瞬間だった。 「委員長、私はあなたを消してやるぅーーーッ! きええええええい!」 ばこーん。 「ぐえっ・・・・・・」 笹島のつるんとしたおでこに、まるまる面打ちが入ってしまう。 あまりにも痛快な「いい音」が高らかに響き、クラスメートは一瞬にして沈黙してしまう。 「あ、ゴメン。まさか避けないとは思ってもみなかった」 彩子は竹刀を委員長の頭にめり込ませたまま、慌てて謝った。 「そう・・・・・・。六谷さんはそういう態度に出るの・・・・・・」 委員長の右手が輝き始める。周りの男子が「やばい、六谷、逃げろ」と呟いたが、遅かった。 ブッチンという、何かがちょん切れる音を誰もかもが聞いた。 「あんたはいっぺん頭を冷やしてきなさ――――――――――――――――い!」 彩子は真正面から、笹島の反撃を頂戴する。 「復讐の弾丸」を食らって吹っ飛び、彼女は壁を突き破ってD組の教室に突っ込んだ。 勢いのままE組、F組、G組と、ばこんばこん壁を突き破って飛んでいき、H組の教室に突入してようやく落ち着く。 H組の生徒たちは何が起こったんだと、いきなり黒板を突き抜けて飛び込んできた彩子のところへ寄った。うつ伏せになって水色のパンツを露出し、ぐるぐる目を回している彼女のことを、優しい有葉千乃が気遣う。 「C組の六谷さんだー。保健委員さん、保健室に連れていってあげてくださーい」 朦朧とした意識のなか、絶対にあの委員長だけには逆らうまいと、心に誓ったのであった。 その後、彩子は目覚めると保健室のベッドにいた。 「あれ? 私どうしていたんだっけ?」 むっくり起き上がって眼鏡をかけたあと。はっと一つ思い出し、横を振り向いた。 隣のベッドには誰もいない。 どこか釈然としなかった彩子は、声をかけた。 「・・・・・・あのー?」 「はい、何でしょう?」 保健室の担当が、目を覚ました彩子のところにやってくる。彩子がこうして幾度も気を失い、保健室を利用するので、すっかり顔なじみになってしまった。 「先月からずっとそこのベッドにいた方って、もういなくなっちゃったんですか?」 「何を言っているのかしら?」 担当は首を横にかしげ、彩子にさらりとこんなことを言ったのだ。 「そのような方は私知りませんよ?」 「は」 「本当です。記録簿を見ても、毎日そのベッドにいたという生徒さんはいません。第一、私はそのような方を見てませんから」 「じょ、冗談言わないでよ! そこにはいつも黒服で真っ白な髪をした綺麗な方がいたじゃない! 三人で楽しく雑談したじゃない!」 「疲れているのね、気を楽にしてもう少し休みましょうか」 「話を聞いて! 確かにいたの! 透き通るような白い髪、お人形さんのような薄い肌、ガラス細工のような美しい瞳! ほんとよ、本当にいたんだってばああああああ!」 次回、『女王様との激戦』。星崎真琴、この彩子様がブッ潰すッ!! トップに戻る 作品保管庫に戻る
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ラノを使いたくて書いたもの http //rano.jp/932 関川泰利と落合瑠子は、学校帰りの児童公園でよく会った。 いつも放課後の訓練で遅れる泰利を、一般人である瑠子はベンチに腰掛けて待っていた。そこは人目をはばからずに会話ができる、二人にとっていちばん居心地の良い空間であった。 双葉学園・高等部に通うこの二人は、同じクラスになったことで出会った。 異能者の泰利は、自分に対して真っ直ぐな好意を向けてくれる瑠子が好きになった。 変わり者である自分について深く理解し、力に興味を持ってくれた彼女のような子を、絶対にこの手で幸せにしていきたいと思っていた。自分の異能は、そのためにあるのだとさえ泰利は思っていた。 夏の熱い夕暮れの陽が落ちていくなか、ついに泰利は瑠子を自分の部屋に呼んだ。彼らは互いに互いを強く求め、一本の線として交わることを求めあった。 心地のよい色合いの宵闇が降りてきた頃、瑠子は泰利の部屋を出た。自分だけに向けられた、生まれ変わったような新しい笑顔を泰利は忘れない。 その後、事件は起こった。 泰利は頑なに信じなかった。きちんと学校の詰襟を着込み、ポケットにはハンカチも詰めてきたのに、いざ瑠子の家に着くと、この残酷な結末が嘘のようにしか思えなかった。単なる悪い夢であってほしいと願っていた。 そんな切実な思いも瑠子の死に顔と対面したとたん、悲しく霧散する。あれだけ貪るように抱きしめた小さな体が、棺に納められているせいで余計に小さく見えてしまう。もう二度と、この瑠子は目を覚ますことはないのか? その瞳を自分に向けることはないのか? 「瑠子・・・・・・瑠子ぉ・・・・・・うがあああ・・・・・・」 青白い肌の亡骸を前にして、泰利は薄緑の畳にいくつもの涙粒を乗せた。 彼が瑠子を部屋に呼んだ次の日から、突如、彼女は学校に姿を見せなくなった。 誰もが心配に思うそのよそで、泰利は別の種の不安を感じていた。若々しい衝動に流されるまま及んだ行為と、何か関係があるのだろうか。お互い体と体を重ねることで納得した夕暮れ時の出来事に、何か原因があるのだろうか。泰利と瑠子の交際を知る者はいなかった。 だから、ある朝、担任が一筋の涙を零してから言ったその台詞が、ほとんど悪い冗談のようにしか聞えなかった。 落合瑠子が・・・・・・死んだ。死にました。 それは彼の青春と、学生としての平穏な暮らしが終わった瞬間でもあった。 この事件は泰利やクラスメートだけでなく、学園関係者や、島の人間にも多大なる衝撃を与えた。 ラルヴァに、一般人が犠牲になった。 この事実がとにかく重く圧し掛かった。ラルヴァに対抗できるのは、異能力の備わった人間に限られる。だからこそ、無力な一般人を守り、みんなで平和に暮らしていくことが住人にとって共通の願いであった。 それが、ひどく無残な形で踏みにじられた。 落合瑠子は帰途につき、夜道を急いでいたところを、ラルヴァと思われる異形に襲われた。心臓を一突きだった。泰利に抱かれて全身を駆け巡った熱い血潮は、こうして一滴残らず路上に搾り出され、蹂躙された。 どうしてこの子を守ってやれなかったのだろう。それは異能力を持っている人間ならば誰もが思ったことだろうし、泰利も当然その例外ではない。 俺は瑠子を家まで送ってやることができた。 俺は瑠子を自分の力で守ってやることができた。 ごめんよ、瑠子・・・・・・。 あらゆる罪悪と悔恨の念がこの青年を打ちのめした。 島には最近、実は密かにある怪事件が頻発していた。 それは、鞭を持った女の子が夜な夜な島を徘徊し、獲物を探し回っているというのだ。 命からがら戦闘から離脱できた異能者たちは、誰もかもが強い恐怖からまともに体験談を口にすることができず、もはや精神的に再起ができなくなっていた。 そんな彼らから、学園の関係者が何とかして断片的に摘み上げた情報から総合してみると、あることがわかってきた。 まず、鞭を持った女の子は、何もかもが黒ずくめであった。装束は黒一色のドレスで、アクセントも飾りも、よく目を凝らさなければわからなかったそうだ。 強いて言うなら、彼女のアクセントは「赤」であった。それは、対象を突き刺すように向けてくる赤の瞳であり、また、己の体から吹き出たもので血塗られた赤だった。黒のドレスはどんどん、自分の鮮血で濡れていったと精神病棟の異能者は狂乱しながら語った。 次に、彼女の特徴として注目されたのが頭に「猫の耳」が付いていた点であった。 黒猫の耳が頭の上にあり、一部の情報によると尻尾もあったという。伸縮自在な鞭を振るい、傷を抉り、背中の皮を剥ぎ、手首を締めてへし折り、落合瑠子の胸を貫いた。 やがて、異形は通俗的に「血塗れ仔猫」と呼ばれることになる。彼女はあまりにも強すぎた。ラルヴァに一通り対抗できる異能者たちも、逃亡するほかなすすべがなかった。 精神を病んだ異能者たちは、今もなお、自分があの赤の視線によって監視されているような気がして、とにかく恐ろしいのだという。 血塗れ仔猫による犠牲者は、落合瑠子が最初であった。これまで血塗れ仔猫と遭遇したのは異能者のみであり、調査が始まったばかりの頃に起こってしまった、やりきれない事件であった。 瑠子の葬儀が終わった数日後、泰利は深夜に一人で島を歩いていた。 彼は血塗れ仔猫を捜していた。彼の闇に向ける眼差しは修羅のそれであった。何としてでも見つけ出し、瑠子の仇を血祭りにあげるつもりでいた。それが異能者である彼のできる、瑠子への償いであり、殺人鬼に対する報いであった。 日付が変わったころだった。虫の音がぱっと止み、曇り空の切れ目から満月がのぞいた。 瑠子とよく立ち寄った児童公園で、ついに泰利は血塗れ仔猫と相対する。 噂に聞いていた通りの黒い姿を認めたとたん、彼は地面を蹴って駆け出していた。もう、覚悟は決まっている。愛する瑠子を殺した謎の異形を、絶対に撃破するつもりでいた。 接近していくたび、彼女の全貌が明らかになる。黒いドレスはゴシック・ファッションを思わせる病的なものであり、肩まである黒髪は外に強く跳ねていた。やはり、その右手には黒い鞭が握られている。 こんな子どもの面白半分で、瑠子はあんなにもあっけなく命を奪われたとでもいうのか? 泰利はますます激情に燃える。小さな顔面めがけて殴りかかったとき、血塗れ仔猫の瞳が赤に輝いた。 鞭で左肘を掴まれると、泰利は宙に放り出されてしまった。強大な力で何度も振り回され、縄を遠くに投げる要領で投げられてしまう。 公衆便所の建物に頭から突っ込み、それは倒壊してしまう。顔を起こしたとたん、鞭に繋がれたままの左腕がブチンとちぎられたのを見た。まるで細長く丸めた硬い粘土を、両指で引っ張ってちぎったかのような手ごたえだった。スポイトからまっすぐ飛び出る水滴のように、血液は定期的に間を置きながら吹き出てきた。 それでも泰利はひるまない。血塗れ仔猫を狙い、瓦礫の中から飛び出した。 絶対に生かしておかない。たとえ女だろうが、その耳をちぎって頭をかちわってやる! 血液が後方に向かって伸びやかに流れてゆく。泰利は接近しながら、自分の異能を行使した。 直後、血塗れ仔猫の目が少し丸くなる。泰利の姿が闇夜に消えたからだ。 弾けそうなぐらいに明るく輝く満月を背に、泰利は東京湾上空にて静止していた。 彼の能力は跳躍だった。本気を出した彼は、島全体を俯瞰できるぐらいに高く飛び上がっていた。瑠子を抱え、喜ばせ楽しませてあげたその素敵な力を、今は瑠子の復讐のために使っている。 家から持ち出してきた包丁をしっかり右手に握り、泰利は落下を始めた。体はどんどん加速し、やがて夜の広大な島に呑み込まれる。公園の敷地が見えてくる。そして、憎きあの猫耳が視界に入ってきた。 しかし、あとほんの数メートルほどで標的に到達しようとしたときであった。 しゅるしゅると、あの鞭が泰利めがけて飛んできたのだ。鞭は泰利の腰まわりをしっかり繋ぎとめ、捕獲すると・・・・・・。 落下する勢いよりも速く、強く、激しく、地面に彼を叩きつけてしまった。大きく陥没した地面から、砂煙が空高く舞い上がる。 泰利は穿たれた穴の中で、まったく動くことができない。血反吐を垂らしながら呆然として、彼女の圧倒的な強さをその心身に刻んでいた。 ぽっかりと空いた穴から覗く夏の星を背景に、二つの赤い点が泰利を見下ろしていた。 彼はそのとき、直感した。処刑の時間はやってきたのだ。 それから、まったく動くことの出来ない理由も理解する。彼は、鞭によって全身のいたる箇所を雁字搦めにされていた。 鞭は泰利を締め上げだした。みちみちと筋肉に食い込み、骨は折れる。大腿が鬱血して曲がり、眼窩から、鼻から、耳から、血が大量に流れ出ていた。 ばちんと、鞭は泰利を粉々にしてしまった。噴射した生暖かい血液を顔に浴び、血塗れ仔猫は恍惚とした艶のある笑みを見せる。 あたかもお椀いっぱいに注がれた汁物のごとく、穴の中では大量の肉塊が血液に浸されていた。 次の日、児童公園は学園関係者の捜査によって立ち入り禁止となっていた。 とうとう異能者が一人、犠牲となった。それも、双葉学園の生徒が、である。 この事件を契機として、もはや血塗れ仔猫はこの島において、無視できない存在となった。 怖がって夜に出歩くのをやめた学生。興味本位で捜してみる学生。我先にと、これまでにない強敵を撃破しようと意気込む学生。彼らは様々な反応を見せた。 そんな彼らの反応とはよそに。 今日も無差別に人を殺め、その身を綺麗な赤に浸すため。 血塗れ仔猫は夜の島を徘徊する・・・・・・。 トップに戻る 作品投稿場所に戻る
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とりあえず、ししおどしをぶち壊してやろうと思っている。 * カッ、コン。 「伝統を敬え、導花」 既に三度目の台詞である。 まだ四十を少しばかり過ぎたところだというのに冴ノ守考師郎(さえのもりこうしろう)は髪の大半が白く、顔に刻まれた皺も一回り歳上に見られてもおかしくない程に多い。 「ええ、わかっておりますわお父様」 返す言葉も楚々たるつくり笑顔も三度目。 笑乃坂――本宅であるここでは冴ノ守(さえのもり)だが――導花は父の後退し始めた生え際を見つめながら恭順の態度を示している。 考師郎は整った眉を顰める。不信感を隠そうともしない。 「本当にわかっているのか」 「ええ」 「冴ノ守の家が代々受け継いできた“刃の冴えを鋭くする”秘術。戦に赴く兵を冴ノ守当主はその力を用いて 鼓舞してきた。わかるか導花。肝要なのは刃を強化する能力それ自体ではない、臣下の者に与える激励であり、 主従の信頼であり、不撓不屈の意思の形成だ。冴ノ守は将だ。臣下と己を勝利へ導く者だ。 だのにお前は能力を濫用し、自ら戦場(いくさば)に立っているそうではないか。 今に始まったことではないが、お前の行状には目に余るものがある。 いいか導花、当主というのは……」 この話も既に何度も聞いた。 ともすると「お父様随分薄くなりましたわね。髪? いえ中身が」と言いたくなる。 カッ、コン。 『冴ノ守本宅に居る間は和服をまとうように』と父は言う。 だいたいにして和装でいろなどあまりに馬鹿げている。 現当主の指示とは思えない。このような動きにくい恰好でいるとき敵に襲われたらどうするのだ。 「大体お前は小さい頃から……」 お小言はまだ続く。 父は本土で軍事会社を営んでいる。とっくに能力も枯れて、豪腕のくせに小心な経営者として部下を叱咤している。 大人しく社長椅子に腰掛けていればいいものを、こうして次期当主である導花に何かとありがたい教訓を垂れ流しに来る。 カッ、コン。 導花の堪忍袋はマックス状態だ。 合間合間に鳴るししおどしの間抜けな音がいっそう苛々に拍車をかける。ともすれば本心が漏れてしまいそうだ。 「お前の外面は確かに美しい。だが本物の美しさとは内面から滲み出るもので、」 「……へし折ってお父様のケツにでもぶち込んでやろうかしら」 「うん? なんだ、何か言ったか」 「いえ。己の未熟さを噛みしめていたのですわ」 危なかった。 * 双葉島、双葉学園学生寮から車で少々。 双葉山に近く比較的森林の多い地区に冴ノ守家はある。 古色蒼然たる和風建築の屋敷で、土塀に囲まれた広い邸内には二つの建物が立っている。門から直線上にある母屋と、その左手にある離れである。 導花と考師郎が顔を突き合わせていた建物は離れであり、ししおどしは離れの中庭にある。座敷から数メートルと離れていない。 この辺りの地域は冴ノ守家の意向により住宅が無く閑散としているため、ししおどしの音は実によく響く。 それがまた導花にとっては不快感を助長する一因となっている。 「せっかく侵入者を見つけ出す静けさがあるというのに、あんなカッコンカッコンと喚かれては何の意味もありませんわ」 常日頃から浮かべる微笑で他人を油断させる導花にしては珍しくぷりぷりと怒ってみせている。 笑乃坂の偽名も、その外面を意識してつけた――といっても本姓の「さえのもり」を入れ替え・読み替えて作っただけのおざなりな偽名なのだが。 「そうですな。お嬢様の仰りたいことはよおくわかります」 タキシード姿で導花に付き添う、老齢の男性が導花の愚痴ににこにこと応える。 「ふん……順敬(よりたか)、お前はいつもそう言いますけれど、本心ではどう思っているのかしら」 冴ノ守家使用人頭である順敬は笑顔のまま、 「とんでもない。順敬めは幼いお嬢様にお仕えしてからの十数年、そのような巧言を弄した例(ためし)はございません」 「いま思っていることを言いなさい。率直に」 「お召し物がよくお似合いでございます」 じじじ、じーわじーわ。 遠くから夏の風物詩の声がする。この辺りには蝉さえいないのだ。 導花は扇いでいた扇子をぱたりと閉じ袂に仕舞った。 「ほんとう、口の減らない使用人ですこと」 「申し訳ございません」 毒づく導花も頭を垂れる順敬も、どちらも本気ではない顔つきでいつもそう言うのだった。 二人は門前から土塀に沿って歩き、角を曲がって冴ノ守家の駐車場の入り口まで来た。 奥に黒塗りの高級車が停めてある。駐車場は広く十台は優に停めることができる。 「それでは車を、」 「結構ですわ。いつも通り私は徒歩で帰宅します」 彼女が帰る場所は学生寮であって本宅ではない。それでも『戻る』とは言わず『帰宅』と言うのは、本宅を快い場所と思っていない彼女の心情をはっきりと示していた。 行きは順敬が寮の近くまで迎えに訪れ、尾行されないようぐるぐると遠回りをしてから本宅へと向かうのが常だ。 旧家の令嬢である、という程度の情報は同級生にも伝えているものの、当然のことながらそれ以上は何も教えていない。 ダミーの別宅も用意してあるが今のところ利用したことはない。 まあ忌々しい醒徒会の連中や、蛇蝎兇次郎――裏の醒徒会<畏>の会長であるあの男は気づいているのでしょうけど、と導花は思っている。 「そういうわけには参りません、考師郎様から送迎を命じられておりますので」 「余計なお世話ですわ。行きはお前が無事だった保証がありますけど、帰りはどうだかわかりませんもの。 冴ノ守を狙う者が機構に何かしら仕込んでいないとも限らないでしょう」 嘘である。一応は要人である冴ノ守当主が訪れている本宅の周囲に警戒がなされていないわけがなく、生半な覚悟では冴ノ守家に害を為すことなど不可能なのだ。 本宅を離れれば保証は消える。そして敵――人間にしろ、ラルヴァにしろ――に狙われたとき、第一に危険が及ぶのは導花ではなく順敬である。それを判っているから導花は彼の送迎を毎回拒んでいる。 「なら仕方がありませんな」 「ええ。――お約束かしら、このやり取りは?」 「はい、念押しでございます。私の立場というものもありますので」 軽口を交わして二人は違う場所を向く。導花は寮へ向かう道を、順敬は仕える者に頭を垂れて路面を。 歩き出した導花の足音が不意に止まる。 不審に思った順敬が顔を上げた。 「お嬢様?」 「順敬、今すぐ車中に入りなさい」 「は……」 「ふふ、私に客人のようですわ」 駐車場の向かい、道を挟んだ先に広がる木立から人体が投げ飛ばされてきた。 ずだ袋のようなものが路面に転がる、スーツ姿の男。衣服のそちこちは破れ、砂塵にまみれている。 体には一センチから五センチほどの穴が無数に空いている。大きさからして銃弾では有り得ない。 「彼は…、警備の」 順敬が困惑を漏らす。長く使用人を務めてきたが、本宅の警備をこうも大胆に殺されたのは初めてだ。 「順敬、さっさと行きなさい」 先よりも強い語調で告げる。 「しかしお嬢様を一人には、」 「黙りなさい。使用人を殺される主など無能。貴方は私の覇道に汚点を残すつもりですの?」 順敬はわずかに息を呑み、 「かしこまりました」 主の娘に、いずれ主となる娘の不器用な心遣いに頭を下げて走り出した。 木々の隙間から無数の風切音が飛び出す。 高速で飛来したそれらは、必死に走る老いた使用人の背中へ――。 銀の軌跡が空(くう)を舞う。 けたたましい音を立てて、老人を狙っていた物体が二つに分断され地に墜ちる。 「用があるのは私に、でしょう?」 導花の手が下がる。小太刀。懐に忍ばせた刃で切り払った。 冴ノ守の異能を注がれた小太刀の切れ味は岩石さえ両断する。 「石、かしら」 己が断ち割った物の正体を確かめて呟く。 彼女の呟きに呼応して、木立の陰から一人の男が歩み出てくる。 男の姿を認めた導花が少しだけ目を丸くする。 「ラルヴァかと思いましたのに……、同じ学び舎の方とは驚きましたわね」 「久しぶりだね、笑乃坂さん。いや、冴ノ守導花さんですか」 相手の秘密を知った者特有の、高慢な口ぶりで男が話しかける。 中肉中背、顔立ちはまだ幼く肌に女性的な白さときめ細やかさを湛えた美少年だった。双葉学園の制服を着ている。 笑乃坂の瞳が今度こそ見開かれる。 「あ、貴方」 「ふふ、思い出してくれましたか」 「――なんて美味しそうなコなのかしら!」 少年は思いきり脱力した。 「うふ、こっちにいらっしゃい。私の寵愛、欲しいでしょう?」 艶な微笑を浮かべた導花が袖口で口元を隠して流し目を送る。 「ちょ、ちょっと待った! 憶えてないのかっ、僕をっ!?」 言われてようやく導花が、ん? という顔になる。 「どなた?」 「く……くくく、くくっ」 「あら、何か面白いことでもありまして?」 「違うわっ! 怒りを我慢してんだよっ!」 「冗談ですわ」 「どこからどこまでが」 「怒ってらっしゃること、『どなた?』と言ったこと」 少年が居住まいを正して苛立たしげに髪を梳く。 「ふん、じゃあ憶えてるんだな」 「見覚えがある、ということだけは」 ぶちぶちっ、と少年の髪が抜けた。指の隙間からはらはらと落ちて少年の心の絶望具合を物語る。 「ハゲますわよ」 「殺してやるッ」 少年の周囲に風が巻く。巻いた風の合間に無数の岩塊が舞う。つぶてが散弾のように撃ち出された。 導花は最小限の動きで躱せる物は躱し、それ以外を小太刀で切り払う。 来る。一際大きな石ころが。力を込める。刃が通りやすそうな箇所を斬りつける。――割れた石の向こうから小石が突っ込んできた。 地面で摩擦しながら小太刀が遠くへ転がっていく。転がった小太刀の腹に尖ったつぶてが命中し刀身が折れた。 念の入ったこと、と導花は嗤う。 「私の知り合いに風を扱う異能力者はおりませんわよ」 少年が鼻を鳴らす。 「だろうさ。僕が能力に目覚めたのは貴女と別れた後なんだから」 ああそういうことですの。導花の表情がぺらりと冷めた。使い古しか。そう察したのである。 導花の表情変化を見た少年もまた余裕めいた顔を捨て、憎悪と嫌悪、羞恥と屈辱で歪んだ表情を吐き出す。 「それだ。貴女はあのときもそんなカオをして……」 歯間から滲み出すような声。 「僕を捨てたんだ。ドレイみたいに僕を使って利用して弄んで捨てたんだッ!」 彼の感情に反応してつぶてが飛ぶ。咄嗟に顔を庇った導花の手の甲に赤色の華が咲く。 鮮血色の小石が嘲笑うようにアスファルトの上を跳ねた。 「どうだった? 自分が奇襲された気分は。貴女はいつも奇襲ばかりしていた。 貴女は強くなんてない。弱いんだ。弱いから人を後ろから刺すようなマネをする。人の弱みを、隙を僕に探らせて」 少年の毒々しい独白は続く。 「調べたよ、貴女のこと。笑乃坂? 冴ノ守って言うんだよね、本当は。 “刃の鋭さを強化する”異能力者。面白いね」 ここに順敬か考師郎がいれば愕然としたことだろう。 少年の話している内容は一般人が調べられる範疇を容易に踏み越えている。 ずば抜けた調査能力。皮肉な話だ。ここまでのシロモノとは知らず、言いように使っていた導花自身が今度はケツの毛の数まで曝かれようとしている。 少年の周りに大小様々の石が浮かぶ。 「それと勘違いしてるよ。僕の能力は風じゃない、石そのものさ。僕の思うがままに動いてくれる」 石が上下に揺れる。首肯のように、従者のように、妖精のように。 砂利の多い駐車場や竹林があるここで襲ってきたのも計算の内だろう。 導花は静かに聞いていた。 「たしかに僕は貴女に惚れていた、貴女のためなら何でもすると誓っていた。 けれどわかったんだ! 貴女は僕のことなんて男以ぜ」 「――長いですわ、話しが」 ぶったぎった。 「な、な、なぁっ……!」 あまりの非礼に少年が絶句する。 まったく、と導花が続ける。 「女性相手にくだらない愚痴をこぼしているような性分だから不能(やくたたず)だと言うのですわ」 「えええ!?」 「それだけの調査能力をお持ちならストーカーよりも探偵の方が向いているのではなくて?」 呆れた口調で告げる。毛ほどの脅威すらも感じていない。傲岸で不遜で―― 「ああ貴女って人は、よくもそこまで人を虚仮にっ」 「だって貴方、顔以外は好みじゃありませんもの」 ――何より、とっても女王様(サディスティック)だった。 頭の毛が逆立つような激憤が少年から漏れ出す。 「えみのさか、みちかああぁッ!!」 対する導花は害虫を見る目つきで言い放つ。 「呼び捨てされる謂われはありませんわこのインポテンツ。導花様と呼びなさい」 先ほど彼女を襲った倍以上の数の石つぶてが唸りを上げて撃ち出される。 低く曇った音を立てて砂利道につぶてが埋まる。動きにくい和装でありながら導花の回避運動は迅速だった。 早瀬を思わす流れるような走法で石の直線上から逃れる。 「逃げられるもんかっ」 石の軌道が変わる。背を向けていた導花が体をひねりつつ跳び退る。 アスファルトに片手をつき、忍者もかくやという側転で二段階に軌道を変えてきた石を避け、――躱しきれない。 屈んだ導花の和服の裾に穴が空く。肩に丸石がめり込む。さらに喉元目掛けて中くらいの石が飛来する。 地につけていた片手で素早く薙ぎ払う。鈍い音。掌中から砂礫がこぼれる。 少年の眉がぴんと上がる。導花の意図を察する。 導花の手から砕けた小石を投げ放たれる、おそらくは“強化”された凶器が。 「子供だましだ」 小石が集まり少年の前に小さな壁を作り、投石を弾く。壁が解除される。 導花が走り込む。手には欠けて鋭くなった石の破片。面食らう少年の顔。小太刀を振るうように、“強化”された小石の刃が閃く。 少年の反応速度では間に合わない。 間に合わない、はずだった。 刃が石壁を掻いた。 「…あら、残念」 余裕をかます導花の腹部へ掌大の石が命中し彼女はたたらを踏んだ。 心臓の動悸を抑えるためか少年は少しの間調息して、急に笑い出した。 「は、あはははっ! 甘かったね」 再び彼の周りを小石たちが取り囲む。それを愛おしそうに眺めながら少年が語り出す。 「貴女にこっぴどく振られてから僕は人が信じられなくなった……そんな僕を癒してくれたのがこの子たちさ。 雨にも風にも負けず道ばたでただ静かに佇む石ころたち!」 ぐっ! と拳を握りしめる。 「僕は彼女たちを愛した! そうしたらいつのまにか彼女たちは僕を護ってくれるようになったんだ! 僕の言うことは何でも聞いてくれる、なのに僕が危なくなったら助けてくれるんだ」 うわあ、とみちかはすごくいやそうなかおをした。 「それが僕の能力――“愛石(ラブ・ロック)”」 「どこかの学者みたいな名前ですわね……」 今度こそ呆れた顔で導花は呟いた。そして立ち上がる。 「貴女は石だって“強化”できる。でもね、さっきはわざと受け止めてあげたんだ」 「では、試してあげますわ」 にこりと笑って予備動作なく小石を投げつける。少年に接近した小石が慣性を無視して宙空に静止する。 それどころか投げた導花へと返ってきて、路面に当たって弾けた。 「あら、ほんとう。困りましたわね」 ハンバーグを作ったら何故か遊星からの物体Xができた、みたいな困惑ボイスが応える。 少年の眉は少しいらっとしたが、自らの有利を確信している彼の口調には優越感が満ちあふれている。 「どうするんだい『導花』。ここには石(ぼくのラバー)しかいない」 ふう、と投げやりなため息が挑発に応える。 笑乃坂導花は呼び捨てにされることが嫌いだ。特に魅力の無い男が自分を呼び捨てる行為は万死に値する。 「……うふ」 極上の笑顔を放つ。 「聞いていらっしゃらなかったのかしら。私は呼び捨てにされることが、」 ゆらり、と霞む少女の姿。気づいたときにはもう遅い。肉迫する美しき少女。 ――来る。攻撃が。無駄だ。彼女に武器は無い。石なら効かない。 素手なら愚行だ、自動発動する石の壁(ラバーズ・ハグ)は生半の衝撃じゃ破壊できはしない、少年はそう考える。 導花の朱い唇が続きを紡ぐ。 「ヘドが出るほど嫌いですの」 斬る。 逆袈裟の軌跡が石の壁を、少年の傲慢を一閃する。 支えを失ったようにさらさらと地に落ちる石たち。 「そんな。どこに…武器なん、て、」 膝をついた敵を見下ろしながら導花は、ああ今日はほんとうに猛暑ですこと、と言って彼に微風を送った。 血臭漂う風を浴びながら少年は絶句した。 「せっ……扇子ぅっ!?」 「あら、違いますわよ」 ぱたん。扇をたたむと、思い切り少年の頭に振り下ろした。がっつーんと良い音が夏空に響く。 「『勝てる』舞台を整えたことは賞賛できますけれど。有能な策士は切り札を持つものですわ」 「て、鉄扇……」 白目を剥いて少年が倒れ伏す。 冴ノ守の異能は刀身だけを強化する。そんなわけがないと導花は否定した。刀を強化できるのなら他の物だってできるはずだと。 そして彼女は、あらゆる鉱物を鋭い刃と化す異能を得た。石ならば鉄刃に、鉄ならば岩石さえ容易く斬る魔刃に変える異能を。 「終わりましたかな、お嬢様」 「ご覧の通りですわ」 いつの間に出てきたのか順敬が側に立っている。 導花は扇を袂に仕舞おうとして血が付いてることを思い出した。 「処分を」 「かしこまりました。この少年はいかがいたしましょう」 「同様に」 使用人は恭しく頭を下げ、了承の意を表した。 「ああ、ちょっとお待ちなさい順敬。車を回してもらえるかしら」 「……何か思いつかれましたなお嬢様」 順敬が苦笑する。 「ええ、いいことを」 導花は笑った。 眩しくらい、にっこりと。 * カッ、コン。 冴ノ守邸、離れ屋敷。 考師郎が秘書と今日のスケジュールについて話し合っている。グレーのスーツを着こなした凛々しい顔立ちの女性だ。 「なんだ、先ほどから随分騒がしいな」 「見てまいりましょうか」 立ち上がりかける秘書を考師郎が手を振って止める。 「構わん。どうせ導花のやつが順敬あたりと何かやっておるのだろう。 まったく、冴ノ守の娘にはあるまじきじゃじゃ馬、」 轟音が突っ込んできた。 「ぬおわぁっ! な、何事だッ!」 離れの庭へ見覚えのある黒塗りの高級車が突っ込んでいる。 石庭も石灯籠もしっちゃかめっちゃか。これだけでも失神いやむしろ失禁しそうだ。 「し、ししおどしが」 お気に入りだったのに、と考師郎は心で泣いた。 運転席側のドアが開く。 「みっ、導花ぁ!」 「あら、お父様ごきげんよう」 「ごきげんようではないッ。いったい何事だこれは!」 導花が目を伏せる。 「いきなり敵に襲われましたの。私、この恰好では闘えませんから仕方なく車で」 なるほど、よく見ると車のボンネットの上で見知らぬ少年が気を失っている。 だが考師郎は娘の性格をよーく思い出した。 「貴様、わざとではあるまいな!?」 その言葉に導花は、 「ええ、もちろんですわお父様」 すごくスッキリした顔で即答した。 * とりあえず、ししおどしをぶち壊してやろうと思って……『いた』。 了 キャラ紹介へ トップに戻る 作品保管庫に戻る
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ラノで読む 「人は脆い生き物よ。簡単に死ぬわ」 肌色のビルが立ち並ぶサンフランシスコのカフェテラスで、夜の闇のように深い黒髪を風に揺らしながら、彼女はそう言った。 「でも脆いのは身体だけじゃないのよ」 諭すように言葉を紡ぐ彼女の寂しそうな表情は儚く、しかしとても美しいものだと彼は感じる。 「人が本当に脆いのはね、心よ」 彼女はこの世のすべてを諦めてる瞳で彼を見つめている。それはまるで母親に妖精を見たんだと必死に訴える少女のような必死さが伺える。 「私も、あなたも、パパもママも施設の子供たちもきっといつか世界の仕組みを知るわ。人間の愚かさに嫌になるに決まってるのよ」 彼女は神経質そうに周りを気にしながら、俯き加減でタバコを吸っている。まるで何かに怯えているかのように、この世のすべてに恐怖を抱いているかのように。 「でもきっとあなたにはわからないでしょうね。『バナナフィッシュにうってつけの日』でシーモアがなぜ自殺したのかなんて。でもいいの。わからないほうが幸せよ。でも私はそんな豚みたいな生き方はできなかったの。だって思考する人間なら普通はそうでしょ」 彼女の言葉は支離滅裂で、意味不明であった。彼には彼女が何を言いたいのかわからない。どうにか理解しようと試みるが、それは徒労にしかならなかった。 「ああ、眠たい。眠たいのよ。でも頭が痛くて眠れないの。ずっと治らないのよ」 彼女はいくつもの頭痛薬をコーヒーで流し込んでいた。彼は何も言えずただ黙って見ているしかない。 そして彼は気付いた。これは夢なんだと。|あの日《・・・》の光景が夢の中で再生されているということに気付いた。夢の中で夢を夢だと認識した時、夢はとても曖昧なものに変わり、形を失っていってしまう。 なぜなら彼女はもうこの世にいない存在だから。 夢の中でなければもう二度と彼に笑いかけたり、語りかけてもくれない。 そのカフェテラスで、彼女は鞄から拳銃を取り出し、自分のこめかみに銃口を当てる。そして、彼の目の前でその引き金を引いた。 それは瀬賀《せが》或《ある》が十六歳のときの出来事であった。 MIDNIGHT★PANIC2 ハイスクールデイズ 嫌な夢を見た。 疲れている時に見る夢はいつも同じだ。 疲労のためか瞼が重く感じられ、身体を覆う布団さえも持ち上げるのをためらってしまう。しかし悪夢を見たせいか体中に嫌な汗を掻いていて、シャワーを浴びた方がいいなと瀬賀は寝ぼけた頭で考えていた。 (もう……朝か……) ふと瀬賀は昨晩の事件を思い出す。 吸血鬼。 チェーンソーの殺人鬼。 あの後瀬賀は疲労のため倒れ、気を失ってしまった。瀬賀はなんとか眼を開けて天井を見るが、そこは病院の白い天井ではなく、見慣れた天井の木目である。どうやらここはアパートの自室なのだと彼は悟った。視線を動かすと乱雑に散らかった六畳半の部屋が見える。 (ファック。わざわざここまで運ばれてきたのか) あのまま病院の部屋で寝かせてくれればよかったのに、そう思うが、あの惨状の後では病院のベッドの数も足りなくなっていたのだろう。 カーテンから差し込む朝日が眩しく、瀬賀の眼ざめを急かしている。今日も学校があるので、このまま寝ていては駄目だと理性ではわかっていても、疲労と睡魔が襲いかかってきていて中々起き上がるタイミングが見つからない。 だが、突然刺すような鋭い痛みが瀬賀の人差し指に走った。 (――っ、なんだ?) 一瞬虫にでも噛まれたのかと思い、瀬賀は布団をがばりとめくる。すると、そこには思いもよらなかった光景が広がっていたのである。 「うぬ。んはっ。ぺろぺろ――おっと、ようやく起きたようじゃのうアル。先に朝食はいただいておるぞ」 そこにいたのは一人の少女である。 柔らかな唇と、小さな下を懸命に駆使し、丹念に瀬賀の指にむしゃぶりついていた。音を立てながら上から下へと舌を這わせ、時折上目遣いで瀬賀のほうを見つめてくる。心なしか頬は紅潮しており、貪るように口に含んでいる。 「んっ……お主のは硬くて……大きいのう……。ぺろ……んちゅっ……さきっぽから出てくる汁がおいしい……」 卑猥な音を立てながら瀬賀の指をしゃぶる少女を、彼はむんずと襟首を掴み上げ、そのまま玄関の外へぽいっと放りだした。 (まだ俺は寝ぼけてるんだろう。きっとまだ夢を見てるんだ) 瀬賀は自分にそう言い聞かせ。思い切り扉を閉めて鍵をがちゃりとかった。寝ぐせの酷い頭をぼりぼりと掻き、出勤時間ぎりぎりまでもうひと眠りするか、と布団の方へと向かう。 「なにをするだぁあぁあああああ!」 どんがらがっしゃんと言う音が響き瀬賀が玄関のほうへ振り返ると、玄関の扉は破壊されて先ほどの少女が息を切らせて侵入してきていた。扉の中心には小さな拳の跡。当然のことながらその顔からは怒りの表情が見える。 瀬賀は諦めたように少女の顔を見つめ、大きく溜息をついた。 「……………………………ショコラ。お前ここで何してるんだ?」 「だから言っておろう。朝食じゃ。お主の血はあまり美味しくないのう」 ショコラは不満そうにそう呟き、瀬賀は現実を見たくないかのように両手で顔を覆っていた。 布団の中にいたのは虫ではなく、“吸血鬼”であった。 朝日に煌めいているブロンドの長髪に、ラピスラズリのような深く青い瞳が瀬賀の顔を見つめている。子供のような外見をしているが、これも吸血鬼の特性なのか、人を魅了するような美しさがある。 そんな吸血鬼の少女、ショコラーデ・ロコ・ロックベルトは瀬賀の布団の中にもぐりこみ、彼の指を舐めまわしていたのだ。 いや、ただの指を舐めているのではなく、人差し指に犬歯を立て、そこから流れる血を飲んでいるようだ。今も彼の指先からは鮮血が流れ出ている。 「お前なぁ。勝手に人の血を飲むなよ――って、そうじゃない。なんで|ここ《・・》にいるのか聞いてるんだよ!」 思わず瀬賀はそう問い詰める。それは当然の質問だろう。なぜショコラが自分の部屋で、こうして血を飲んでいるかなんて想像もつかない。 「わしとお主は夫婦《めおと》じゃからな。一つ屋根の下に済むのは当然のことであろう」 血を飲み終わったショコラは澄まし顔で、ピンクのハンカチで口元を拭っていた。 「ファック。なんだよ夫婦って。俺はお前みたいなクソガキとそんな関係になった覚えは――」 「契約、そう言ったであろう。わしはお主の血を飲んだ。それがわしとお主の契約の証じゃ」 瀬賀は昨晩の出来事を思い出す。 殺人鬼との対決の際、ショコラは確かに瀬賀の血を飲んだ。そしてショコラはこう言っていた。ロックベルトの吸血鬼は生涯ただ一人の血しか飲まない、と。 「だからってお前……」 うんざりしたように瀬賀はうなだれるが、けたたましい電話の音が響き、彼を落ち込ませる時間すら与えなかった。 瀬賀は身体を引きずりながら家の電話の受話器を取る。一瞬でもショコラという非現実から眼を背けることができるだろうと瀬賀は無意識のうちに思っていた。だがその電話は彼に追い打ちをかけるものであった。 「はいもしもし瀬賀ですけど――げっ、あんたは!」 電話の先からは聞き覚えのある声、それは学園上層部の人間のようだった。 『やあ瀬賀くん。お嬢様と初めて迎えた朝はどんな気分だい』 「植院《うえいん》さん、あんたの差し金かよこれは」 学園上層部の務め人である植院《うえいん》次遠《じおん》は、瀬賀を学園に雇った恩人でもあるため、瀬賀は彼に頭が上がらないようである。 『そう怒るなよ。美少女の幼な妻なんて男の夢だろ。羨ましいね。変わりたいね。まあ彼女は実際には百数十年ほど生きているから幼な妻という言葉が的確かどうかはわからない。だがこの場合は容姿に重点を置くことに意味があるとは思わないかい。ちなみに私の妹は――』 「その話しはまた今度聞きますよ。とにかくなんであいつが俺のところいるのか詳しく説明して下さいよ。できるだけ納得いく形で」 『怒っているのかい。それは駄目だなぁ。短気は損気だ。カルシウムを取りたまえ。そう、牛乳だ。白濁とした白い液体。私はその白い液体を妹の口に――おっと、これ以上話すとお縄になってしまうな。ともかく我々学園上層部は、ショコラーデ・ロコ・ロックベルトを正式に双葉区の住人へと向かい受けることに決定した』 「ショコラを双葉区民に……?」 『そうだ。彼女たちロックベルトの吸血鬼は絶滅危惧種にして吸血鬼の中でも希少種だ。人間と契り、人間と共栄してきた友好的な存在だ。こちらとしても“保護”せねばならない。あのような殺人鬼に命を狙われているのならなおさらだな』 「それはわかるけど、なんで俺の家にいるんだよ。別に住む場所くらいいくらでもあるでしょうに」 『それはロックベルトの習性のためだ。聞いているだろう、ロックベルトの吸血鬼は生涯ただ一人の血しか吸わない。そう、今のきみだ。彼女の“食料”が離れたところにいたのでは不憫だろう。だから私が彼女にきみの部屋で同棲するように、と言っておいたのさ。どうだい、感謝しなよ。夢見たいだろう金髪幼女と同棲なんて』 「ふ、ふざけるな! 誰が食料だよファック!」 『まあ、精々健康に気を使って彼女においしい血を提供するんだね。彼女に“生きろ”と言ったのはきみだろう。そんな彼女をきみが餓死させるなんて真似しないよね? これは学園の決定事項だ。よろしく頼むよ瀬賀くん』 「…………」 色々と言いたいことは山ほどあるのだが、自分を拾ってくれた恩人に逆らうこともできず、瀬賀は黙るしかなかった。 『その沈黙は肯定と受け取るよ。ああ、ちなみに今日から彼女は双葉学園にも通ってもらうことになったから、ちゃんと一緒に登校したまえよ』 「は? なんだって?」 最後に嫌な言葉を聞き、問い直そうとするが、植院は電話を切ってしまったようである。瀬賀は恐る恐るショコラのほうへと視線を向けた。 (ああ、考えないようにしてたが、やっぱあの服は……くそったれ) じとりとねめつける瀬賀の視線を見て、ショコラは不思議そうに首をかしげていた。 「どうしたのじゃアル。そんなにこのわしの顔が愛しいのか?」 「アホ抜かせ。お前その服、双葉学園の制服か……!」 瀬賀が言うように、ショコラは学園指定のブレザーを着ていた。やけに短めのスカートからは白く細い足が伸びている。どうやら植院の言うとおりに、ショコラも学園の生徒として通うことになるようだった。 「そうじゃ。あの後病院で植院という紳士に会っての。これをわしにくれたのじゃ。見ろ、サイズもぴったりじゃ」 「あのおっさんなんで制服なんて持ち歩いてたんだ……」 ふうっと瀬賀は肩を落とすが、気持ちを切り替えるように顔を上げ、ショコラのほうへと向き直った。 「オーケェイ。わかった。夫婦だとか契約だとかは、置いておいて。つまりお前は居候ってわけだ」 「ふん。居候という呼び名は少々気になるが、まあそういうことじゃろうな」 「つまりここでは俺のほうが主ってことだ。だから俺の言うことを聞け、いいか、俺たちの関係は学園の連中には言うなよ! わかったな」 瀬賀は言い聞かせるように腰をかがめてショコラの視線に合わせた。意外にもショコラは素直に頷き、 「わかった」 と一言だけ呟いた。 こんな子供みたいなやつと夫婦だとか他の連中に知られたら、恐らく自分はロリコンのレッテルを貼られるに違いない。特に口の悪い春部《はるべ》里衣《りい》などに知られたらなんて言われるかわかったものではない。そう思いながら瀬賀は支度を始めた。だが、ふとなんだかいい匂いが台所から漂ってきていることに瀬賀はいまさら気付く。 「なんだこの匂い……」 くんくんと鼻をすますと、なんだか懐かしい匂いのような気がした。 「そうじゃ。アル。お主の朝食も用意しておいたぞ」 ショコラは当たり前のようにそう言い、台所の方へとてとてと歩いていった。その後を瀬賀がついていくと、キッチンのコンロの上に鍋があり、その中には味噌汁が入っていた。 「これ、お前が作ったのか……?」 瀬賀は思わずそう聞いてしまう。キッチンの前の床には、雑誌が数冊つまれており、背の低いショコラが踏み台にしたことがわかった。 「そうじゃ。妻が夫のご飯を作るのは日本じゃ当然じゃと聞いておるぞ。最近は夫が家事をすることも多くなったようじゃがお主は勤め人じゃからのう。家事は全部わしにまかせてよいぞ。感謝するがいい」 ショコラはふふんと鼻を鳴らし、自慢げにぺたんこの胸をそらしていた。 吸血鬼の貴族と聞いていたから、苦労知らずのお嬢様だろうとばかし思っていた自分を瀬賀は恥じた。脇を見ると弁当箱が用意されており、どうやら昼食の用意もされているらしい。 「ちょっとだけ見なおしたぞショコラ」 「勘違いするではないぞ。お主のためではない。わし自身のためじゃ。お主の食生活が偏ると血がまずくなるからの。じゃからわしがお主の食生活を管理してやるのじゃ。言わばこれも契約というわけじゃな。お主に血を提供してもらう代わりに、わしは妻としての務めを真っ当するわけじゃ。ロックベルトの家系は代々女しか生まれんからの。わしは人間なんぞの世話なんてしたくはないが、これも契約。ロックベルトのしきたりじゃ。一族の名を穢すようなことはできん」 「ふうん」 「そうやってわしらロックベルトは人間と共栄してきたわけじゃからな。炊事洗濯に掃除。それに|子作り《・・・》も妻の務めじゃの」 「ぶほっ!」 その言葉に思わず瀬賀はせき込んでしまった。 (何を言い出すんだよこのお嬢様は……) まったく妙なことになったな、そう思い瀬賀はタバコを取り出し一服しようとしていた。 「待てアル。タバコを吸うなとは言わんが朝食のあとにするのじゃ。味がわからなくなるであろう」 ショコラはぷんすかと怒り、手に持っていたタバコの箱を取り上げてしまった。 朝の至福の一服も奪われ瀬賀はただただ溜息をつくばかりである。 それから朝食をとり、支度を終えた瀬賀とショコラはおんぼろアパートを出て学園へと向かっていった。 瀬賀はチェ・ゲバラの顔プリントのついた悪趣味なTシャツの上に、これまた派手で悪趣味な豹柄のジャケットを着込んでいる。左手首には金ぴかのごつい腕時計が光っていた。 ショコラは寒さが苦手なようで、スカートが短いと憤慨し、黒タイツを穿いてしまっていた。折角のミニスカートが台無しである。それにショコラは黒くフリルのついたお洒落な日傘をさしている。 「それどうしたんだ?」 「植院のおじ様にもらったのじゃ。あの人は言い人じゃのう。日本にもあのような紳士がいるとは感心したぞ」 「……変態紳士だけどな。しかし吸血鬼って日の光浴びると灰になるんじゃなかったっけ。日傘程度で大丈夫なのか?」 「ふふん。心配しておるのか?」 「別に。まあ保健医だからな。一応」 吸血鬼を題材にした小説や映画は多くあり、瀬賀もそれで吸血鬼のことは知った気でいたが、どうやらロックベルトの吸血鬼は少々瀬賀が知るものとは違うらしい。 「日の光は苦手じゃが、それもせいぜい熱中症になりやすい程度じゃの。気を付けていればまず平気じゃ。わしらロックベルトは人間と吸血鬼の混血の家系じゃからの。世代を重ねていくうちに人間の良い部分が引き継がれてほとんどの弱点を克服することができるようになったのじゃ」 「なるほど。進化してったわけか」 「それに本来日の光で焼かれるようなものは低級な吸血鬼ばかりじゃよ。強い力を持つ吸血鬼には無意味じゃ。かのドラキュラ伯爵も日の光は平気だったと聞いたしのう」 (ドラキュラ伯爵って……あれは史実の英雄をモデルにした創作だろ) そう思ったが、案外実在するのかもしれないなと瀬賀は考えをめぐらす。実際伝説上と思われた生物などはラルヴァとして発見されることも多い。 そうこう話しているうちに学園に近づき、道は登校してくる生徒たちで溢れている。 色んな意味で目立つ二人は生徒たちにじろじろと見られていた。離れて歩くべきだったなと瀬賀は後悔する。 「ここが双葉学園か。わしのような人間でないものも多くいると聞いたが、ここまで大きな学校とは驚きじゃのう」 ショコラは感嘆の息を溢しながら、校門の前で立ち止まった。 瀬賀もつられて首を上に向ける。マンモス校とはよく言ったもので、もはや要塞のような巨大さを誇っている。教師の瀬賀でさえ行ったことのない施設や把握していない場所が存在するようだ。 「じゃあ俺はこっちだから。お前はそっちの棟へ行け」 「む、何を言っておる。わしもそっちじゃぞ」 ショコラは不思議そうに瀬賀を見つめ、高等部の棟を指さした。それを見て瀬賀は思わず額に手を置いてしまった。 「まてまてまて。落ちつけ俺。ファック。……ショコラ、お前初等部に行くんじゃないのか?」 「何を言っておるのじゃお主は。寝ぼけておるのか? なぜわしが小学校で足し算引き算を学ばねばならんのじゃ。バカにするでない」 「ってことはお前……」 「そうじゃ。わしは高等部二年に通うのじゃ。植院のおじ様がそう言っておったからのう」 確かにショコラは見た目だけは小学生だが、実年齢はとても高齢だ。だがなぜ高等部二年なのだろうかと瀬賀が頭を捻っていると、ショコラは答えた。 「わしが実年齢百十七歳だって言ったら『なら百の位を抜いて十七歳扱いでいいね。結婚も出来る歳だね。ってことできみは高等部二年に通ってもらう』と勝手にきめてしまってな。わしも別に困る事はないからそれで了承したのじゃ」 「どんだけいい加減なんだよあのおっさん……」 「さあ、早くゆくぞ。まずは職員室へ行くのが転校生のならわしじゃ。アルもまずは職員室へ行くのだろう? 案内するのじゃ」 そう言うと、ちょこんと瀬賀の手を握った。冷たいひんやりとしたショコラの手の感触が伝わってくる。これじゃ迷子の初等部生徒を引き連れている構図にしか見えないな、と瀬賀は苦笑した。 「やれやれ。学校でもお前と一緒なのかよ……。ファッキンジーザスクライストさまさまだな」 仕方なく瀬賀はショコラの手を引っ張り職員室へと向かっていく。 すると、職員室の扉の前で同僚である練井《ねりい》晶子《しょうこ》とばったり出くわしてしまった。 「おはようございます練井先生……ってすごい寝むたそうですけど大丈夫ですか?」 「おはようございます瀬賀先生。いや、あのあと家に帰ってからも怖くて眠れなかったんですよ……」 練井は目にクマをつくり、ぼそぼそとかき消えそうな声で話していた。 昨夜の出来事のあと、練井は家路についたのだが、あれだけの大騒ぎと血を見たあとでは普通の神経ならまず寝付けないであろう。普段から血を見慣れている瀬賀は疲労のせいもあってか熟睡できたようだが。 「あら、その小さな女の子は……もしかしてショコラちゃん?」 瀬賀の身体で隠れていたショコラに練井は気付き、身体を屈めてショコラの顔を見つめている。 「お主誰だ?」 本当にわからないようで、ショコラは首をかしげながら練井を見つめ返した。 「バカ。昨夜会っただろうが! 練井晶子先生だよ!」 「そうじゃったかのう……? どうもわしは人の顔を覚えるのが苦手でのう」 ショコラは腕を組んで考えているようである。しかし練井はぽろぽろと涙をこぼし、肩を震わせていた。 「うう……。私なんてどうせ影薄いですよ。声だって小さいし地味だし……。だからショコラちゃんにも覚えてもらえないのね……」 「いやいやいや。練井先生は魅力的ですって。こんなガキんちょよりよっぽど!」 「誰がガキんちょじゃ!」 そう練井をはげましていると、その言葉に怒ったショコラが瀬賀のお尻に蹴りを入れた。前門の虎、後門(肛門?)の狼とはまさにこのことであろう。ばたばたと暴れるショコラの襟首を掴み上げ、なんとか引きはがす。 「ええい、やめろショコラ。さあ練井先生。早く職員室へ行きましょう」 そう言いながら瀬賀は職員室の扉を開けた。練井も涙を拭いその後に続く。 「瀬賀先生。どうしてあのショコラちゃんが学校に……? それにこの制服……」 「どうもこうも。こいつ今日からここに通うことになったんですよ。まったく上層部は何を考えてるんでしょうね」 ショコラの頭をぽんと叩き瀬賀はそう言った。それに練井も驚いているようである。 「昨日の今日で入学ですか……。確かに保護するなら学園に入学させるのが一番安全でしょうけど……」 そう話しつつ二人が職員室に足を踏み入れると、彼らより早く来ていた同僚が瀬賀たちのほうへと視線を向けた。 「やあおはよう練井先生――おっと瀬賀くんいたのか。子連れ出勤とはきみらしいな。女遊びが過ぎるからそうなるんじゃないのか。誰との子供なんだ」 その教員は嫌味たっぷりに瀬賀とショコラを見てそう言った。 彼の名前は字元《あざもと》数正《かずまさ》。数学教師にして“変態クラス”の異名を持つ二年C組の担任である。気難しそうな顔にチタンフレームのメガネがはりついていて、どこか几帳面な印象を受ける。 瀬賀は彼のことが苦手だった、というよりも、お互いに気に食わないようである。几帳面で嫌味ったらしい字元と、口が悪く自己中心的な瀬賀はお互いに相いれないのであろう。 「俺のガキじゃねーよ。こいつはショコラ。あんたも昨晩の騒動くらい耳に入れてるだろ。今日から高等部に通うことになったんだと」 「わしはショコラーデ・ロコ・ロックベルトじゃ。誇り高きロックベルトの吸血鬼」 「ほう。今日から転校生が来るとは聞いていたが、あの事件の吸血鬼のお嬢様のことだったのか。ふむ。それは興味深いな。しかしまだほんの子供じゃないか。有葉《あるは》といい勝負だ」 字元はショコラをためつすがめつ見て、メガネのフレームを押し上げながらそう嘲笑うようにそう言った。その言葉にショコラはかちんと来たのか、ぷっくりと頬を膨らませて彼を睨めつけている。 「わしは子供じゃない。立派な淑女じゃ! なんて言ったってわしには夫がおるからの。このアルという夫が!」 ショコラはばばーんと誇るように胸に手を置いてそう言った。言ってしまった。 「アル……? 瀬賀くんのことか……?」 字元は笑いをこらえるように口元を手で押さえている。それに対して、瀬賀は顔を青くし絶望の表情になっていた。 (こ、このバカ野郎……言うなっていっただろ!!) 心の中でそう叫んでももう遅かった。 「あのぉ、瀬賀先生……。夫ってどういうことですか?」 練井はわけがわからないといった調子で瀬賀にそう尋ねる。瀬賀は「あのーえっとー」と言い淀み、その隙にショコラが話しに割って入ってきてしまった。 「そうじゃ。ショーコと言ったなお主。良く聞け、わしとこのアルは夫婦の契りを果たしたのじゃ! それこそまさに血のように濃い関係じゃ!」 「…………瀬賀先生ってそんな趣味が?」 練井は子供のような容姿のショコラと瀬賀を見比べ、少し瞳に涙を浮かべていた。どうやらロリコンか何かと勘違いされてしまったようだ。無理もないだろう。 「いやいやいや。違いますって練井先生! そんな養豚場のブタを見るような目で見ないで下さいよ! おいショコラ、お前それを言うなって家で言ったばかりだろ!」 「ほう、家か。同棲してるのかねきみたち」 くくくと字元はまだ笑っていた。瀬賀はそれを無視し、ショコラの肩を掴む。 「確かに約束したのう。あの家ではアルが主じゃからのう。だがここは違うのだろう。ここは家ではないからお主の約束を守る必要はないではないか」 あっけらかんとそんな屁理屈をこねるショコラに呆れ、もはや瀬賀は怒る気にもならず、大きく溜息をつくだけだった。 (終わった……俺の人生) そんな瀬賀に練井はおずおずとフォローを入れる。 「あの……瀬賀先生。あの、その、人の好みはそれぞれだと思いますよ……。披露宴には呼んでくださいね……ああ、また私を置いて同僚が結婚していくのね……」 「いや、フォローになってないんですが……」 「何を落ち込んでるのかわからんが、ともかく気を落とすなアルよ! わしがついておるぞ、タイタニックに乗ったつもりでどーんと構えておれ!」 ぽんぽんと瀬賀の肩をショコラは叩くが、余計へこむだけであった。 「まったく。異常性癖は学生のうちに治しておいてもらいたいものだね。生徒たちの見本となるべき教師がきみのようなロリコンじゃ示しがつかないな」 字元はわざと大きく肩を揺らして手を上げた。そんな彼を瀬賀は憎々しく睨みつけるが、その気力もすぐに失せ、力なく自分の席につく。 「それでショコラ。お前どこのクラスに入る事になってるんだ?」 とりあえず話題を逸らそうと瀬賀はそう尋ねる。自分は受け持ちのクラスを持っていないから、誰かがこの厄介な吸血鬼を教え子として持つことになることに瀬賀は同情していた。 「おいおい、まさか私のクラスじゃないだろうな……」 殺人鬼に襲撃されるような厄介な生徒はごめんだとばかりに字元はそう呟くが、ショコラははっきりと自分のクラスを告げる。 「わしは二年H組じゃと植院のおじ様がいっておったぞ」 「…………………へ?」 ショコラの言葉に顔を上げたのは練井であった。そう、彼女こそがその二年H組の担任教師であったからだ。慌てて自分の席を見ると、そこにはショコラの名前が入った新しい出席簿が置いてある。 ご愁傷様、と珍しく瀬賀と字元は顔を見合わせ、同情の眼差しで練井を見るのであった。 後編へつづく トップに戻る 作品保管庫に戻る
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X-link 1話【Beggining From Endless】part2 10分程もタクシーに乗っていると学園についた。時刻は午後4時半をまわったところである。水分の案内で校門をくぐり、しばらく歩いて中庭まで行くと、ひと際目立つ真っ白な建物があらわれた。 ここは醒徒会棟、醒徒会執行部や風紀委員など、各種醒徒会関連の施設が集約されている棟であり、繋のような一般の生徒が中に入る事はほぼ無いといってもいい場所である。 まるで周囲を威圧するような重厚で巨大な扉の前に立つと、繋はどうしようもなく緊張してきた。 (ああ、まさかここと関わりを持つような日が来るとは…)と繋は思った。自分は昨日はまで、いやつい数時間前までは自分は異能の発現していない、ごく普通のあまり目立たない生徒Aでしかなかったはずだ。それが何故こんな事に…。 理由は明白である。変な男を拾ったせいだ。 拾われた変な男こと天地奏はタクシーの中でも非常にうるさかった。記憶喪失(本当かどうかはさだかではないが)ということで目に映るもの全てが新鮮にうつるらしく、しきりに質問をしてきた。あれはなんだ、これはなんだ、とかまるで幼児のように目を輝かせながら質問を続けた。 今も繋の緊張をよそに実に楽しそうにあたりをきょろきょろとしている。 (いつかぶん殴ってやろう…)繋が思っていると理緒が扉を開けながら声をかける。 「お二人とも、どうぞ中へお入りください。醒徒会室までご案内します」いつも通りのおっとりとした言い方だ。彼女はこの男に関わってよくも平常心を保っていられるものだと、繋は関心せずにはいられない。 「さあ、中にはどんな楽しいものがあるのかな」奏は跳ねるように醒徒会棟に入って行く。 繋も意を決して中に足を踏み入れた。豪奢な装飾が施されたエントランスホールからして普通の校舎とはだいぶ雰囲気が違う。 やはりここは選ばれた人間しか入る事のできない場所なのだと繋は感じる。自分のような能力の発現していない、半端な人間が来るような所ではない。 理緒はゆったりとした足取りで廊下を進む。と、廊下の先からこちらに歩いてくる女性がいた。小柄でショートカットの活発そうな生徒。 繋には見覚えが有った。たしか、醒徒会の書記・加賀杜紫穏だ。紫穏は水分に手を振りながら近寄ってきた。 「先輩、お疲れさまです。この人ですか、噂の土左衛門君て」 「紫穏ちゃん、土左衛門ていうのは失礼でしょう」紫穏は答える。 「ドザエモン?ドザエモンていうのは何の事だ?名前の響きからして昔の人間だな、そしてきっと俺をドザエモンと呼んだという事はそのドザエモンというのは昔のイケメンの事だろう?当たりだな?当たりだろう?」奏は一気にまくしたてた。 辺りを冷めきった静寂が包んだ。繋はもう慣れてきたとばかりに無視を決め込み、理緒は笑顔をたたえたまま受け流した。紫穏は目を丸くしていたがやがて溜息をついた。 「ははははは、何、俺の推理が図星だからといって黙る必要はないぞ、何せ天才だからなこの俺は!」奏は大きく口を開けて笑う。 「ああ、先輩からちょっと聞いてはいましたけど、とんでもない人が来ましたねコレは」紫穏は言う。「変人揃いの双葉学園でもこのレベルはなかなか…」 変人ぞろいというのに自分が入っているのかが多少気になったが、理緒は「皆を待たせているから先に進みましょう」と三人を先導して先に進んだ。 階段を昇り、高そうな赤絨毯が敷き詰められた廊下をひたすら真っすぐ歩くと、突き当たりに大きな扉が見えた。 「あれが醒徒会室です。中で残りの醒徒会執行部が待っています」 「まあ執行部っていっても普通の人ばっかなんで、私みたいに。」加賀杜は言った。 自分を普通と言い切る加賀杜紫穏もなかなかのものだと繋は考えたが、黙っていた。それよりも何よりも緊張の方が勝っていた。 「では、入りましょうか」理緒が言い、重い扉を開けると中に数人の男女がいた。確か残りは醒徒会長、広報、庶務、監査、会計のはずだ。 一番奥にいるちびっ子が醒徒会長の藤御門御鈴だろう、これは生徒総会で見た。 その横でこちらを見ているサングラスの男が確か会計監査のエヌRルール。サングラスの下の表情は読めないが。 右方で興味深そうにこちらを見ている大柄の筋肉質の男が広報の龍河弾のはずだ、全裸とかいう噂は聞いたが今見る限りではきちんと服を着ている。 左方の窓を背にした席に座り、難しい顔をして一心不乱にノートパソコンを叩いているのが会計の成宮金太郎だろう、こちらに目もくれない。 あと、もう一人こちらを見ている人の良さそうな少年がいたが、それはまあいいかと繋は判断した。どうやら今日は庶務の人は休みらしい。 「ご苦労だったのだ、副会長」小さな女の子が凛とした声を上げた。 「いえ、苦労というほどのものでは…」理緒が答えた。あれが苦労ではないのなら、一体何が苦労なのだろうか。 「そうか。で、その二人が例の漂着者とそれを拾った生徒だな」 「あ、はい。双葉学園高等部2−Aの音羽繋です!」思わず繋は直立不動で答えた。この会長は小さいがどうにも不思議な威厳がある。 「ふむ、ではそちらが漂着者の、えーと……」名前を聞いていない会長は奏に視線を向けた。 「俺の名前を知りたいのか?知りたいのならば教えてやろうちみっ子よ!俺の名前は天地奏、天と地に俺の音を奏でる男だ!ちなみに今日名乗るのはこれで3回目だ!」 自信満々に、実に良く通る大きな声で言い放つ。あの馬鹿醒徒会室でも自重しない…と繋は思わず天を仰ぎ見た。室内なのでそんなことをしても見えるものは白塗りの天井だけである。 呆気にとられたのは理緒と紫穏以外の醒徒会の面々である。御鈴はただでさえ大きな目をさらに大きく見開き、PCから目をそらさなかった金太郎も奏の方に目をやり、龍河は最初は口をぽかんと開けている。ルールだけは微動だにしていないようだ、いやサングラスが微妙にずり下がっている。 周囲の時が止まったように静かになったが、一人その原因である奏だけは全くそれを意に介していない。 それどころか懐からフルートを取り出し「では、挨拶のかわりに1曲弾いてやろう!」誰の反応も顧みる事無く演奏を始めた。 あたりを先ほどとは別種の沈黙が包んだ。皆、奏の演奏に聞き入っている。繋はやはりこいつの演奏は本物だと思う、そういえば昔、音楽の授業で習った過去の偉大な音楽家たちもかなりの奇人変人エピソードにまみれていたななどと考えた。案外こいつもそういう類なのかもしれない。 数分が過ぎて演奏が終わると、龍河と紫穏、それから速人は感心したように拍手をした。 「いやあ、なかなか凄いじゃないか」とか「ただの馬鹿でもなさそうっすね」とか「凄いです、俺感動しました」だの口々に感想を述べている。 奏のほうも満更ではないらしく「ありがとう諸君!」など言って手を振っている。どうやら醒徒会の一部にはもう馴染んできているらしい。 噂に違わぬ個性は揃いだなどと繋が思っていると、ようやく平静をとりもどした御鈴が口を開いた。 「うむ、なかなかの演奏であった。私もここまでのフルートはなかなか聞いた事がないのだ」 「いやあ、確かに凄いもんだな。俺もいろんなオーケストラの演奏を聴いたけど、これはなかなか……」金太郎が言う。 「ほう、俺の演奏の良さがわかるとはなかなか見所のあるちみっ子ではないか!」奏が言うと御鈴は即座に反応した。 「さっきもそう言ったな。ちみっ子はやめないか!私は立派なれでぃだぞ!」 「何がレディなのかな?レディっていうのはも〜っとオトナの女性の事を言うんだよ、お・ち・びちゃん。背伸びしちゃって可愛いなあ」などと奏は抜かした。 俄に醒徒会室に不穏なムードが漂う。今の奏の発言は会長にとっては明らかに地雷だ。むしろわざと地雷を踏んだのではないかとすら思えるようなレベルである。 奏以外の面々がそろ〜っと御鈴の顔を伺うと、案の定、御鈴は真っ赤になって俯きながら肩を振るわせていた。これはマズい、完全にマズい。 「れでぃに向かってなんて失礼な、なんて失礼な…………」うわごとのように繰り返す御鈴。彼女の前の机で寝ていたリボンをつけた白猫も「フーッ」と奏を威嚇している。 「やめろ、会長、室内でそれはまずい!」龍河が叫ぶ。 「会長、人に向けてそれを放つ事は推奨出来ない」ルールも言った。多少声に緊張を含んでいる。 「御鈴ちゃん、やめて。ここは抑えてください」 「よせ、ここでぶっ放したらこの部屋が壊れる。修繕費がかかるぞ!」金太郎はあくまでも金の心配をする。 「あたし知らないっと」紫穏は無関係を装う事にした。 「落ち着いて会長、さすがにマズいですって」速人も懇願する。 「えーい、うるさい。レディに向かって無礼な事を言う事は許されないのだ!白虎ちゃん!」 「うなー」鳴くと白猫が口を開けた。その口の中にとてつも無い量のエネルギーが生まれるのが繋にもわかった。大気が震える。心無しか地面も揺れている。 あたりを緊張感が包む。これはヤバい。 「「「「「「「やめろー!!!!!!!!」」」」」」」 室内にいる会長と奏以外の声が奇麗にハモった次の瞬間。 「ビーム!」会長が叫ぶと白虎ちゃんと呼ばれた白猫の口からビームのようなものが飛び出し、奏を直撃した。白虎砲である。 ビームは奏ごと扉を吹き飛ばし、そのまま廊下を突き進み、窓を突き破った。そのまま奏は窓から放り出され醒徒会棟の前の地面に叩き付けられた。 ビームの轟音を聞きつけた生徒達が奏の落下地点に集まり始めたようで、外の喧噪が醒徒会室にも伝わってきた。 御鈴は「れでぃに向かって失礼な」とぶつぶつ呟き、龍河は生徒にそう説明するべきかと頭をかかえ、ルールと金太郎は早速醒徒会棟の修繕費用について話し合いを始めた。理緒は放心状態と言った感じで椅子に座り込み、加賀杜は腹を抱えて笑っている。この子もさすが醒徒会だ、なかなか凄いと繋は思った。 繋の方といえば、刺激的な出来事の連続に頭がついていかなくなってきたという感じでぼんやりとあたりを見渡すことしかできなかった。 白虎砲が盛大にぶっ放されてから約30分が経過した。放心状態から数分で立ち直った理緒はテキパキと役員たちに指示を出し、自らも各所への連絡に奔走した。ルールと金太郎も予算がまとまったようですぐに工事の発注をした。なんと今日、明日で直るらしい。さすがは建築部である。そういえば建築部のどれかの部長はうちのクラスだったなと繋は思い出した。とはいったものの、基本的にクラスに来ないので繋はあまり面識はないのだが。 龍河も今回の件を生徒及び教師にどう説明するかという草案をまとめた。誰が見ても今回の事件の原因は明らかなのだが、さすがにそれをそのまま発表するわけにもいかない。何事も建前で動いているものである。龍河弾は馬鹿ではあるが決して頭が悪い訳ではない。 加賀杜も5分程腹筋を痙攣させていたが、水分から半ば恐喝的な指示が出た為に、しぶしぶと関係各所に提出する書類をまとめた。 速人もその速度を活かし、醒徒会室と建築部や職員室の間を奔走した、要するにパシリだが、庶務とはそんなものである。 これが30分の出来事である。今の出来事がわずか30分足らずで収束してしまった。繋はどうも醒徒会というのはただの戦闘能力が優れた面子というわけではないということを思い知らされた。 事態が収束した後、ようやく、最後に御鈴が立ち直った。 「で、あの馬鹿はどうした?」御鈴が言う。もうあの馬鹿呼ばわりである。 「天地奏は第5保健室に収容された。怪我は多いが本人は元気らしい。天地奏を収容したものによると、奴は『たとえ幼女とはいえ愛は痛い』と話していたそうだ」ルールが告げる。 そんな馬鹿な。如何に手加減していたとはいえ、あの白虎砲をくらって元気とはどういうことなのだろうか。それに愛ってなんだよ。 「で、奴の処遇はどうするんだ?最も本人はいねえけどよ」 「うむ、そのことなんだが…………。しばらく考えてみたのだが、この学園に入れて様子を見ようと思う!奴はどうやらかなりの魂源力を持っているみたいだしな」 御鈴がとんでもない事を言った。先ほどその当人を盛大にぶっ飛ばした人間の発言とは思えない。 「そりゃ危険すぎねえか?奴は身元不詳だぞ」 「僕も推奨できないな。得体の知れない人間を学園内に入れるべきではない。あれだけの魂源力の持ち主ならばなおさらだ」 「だいたい学費はどうするんだ、アイツ一文無しだろ」やはり金の心配をするのは金太郎。 「あたしは、賛成。似たような境遇だしね〜」紫穏は賛成に回った。 「いや、似たような境遇と言っても君は学生証を所持していた。天地奏とは違う」ルールが切り捨てる。 「でも、ココに入れないとどっかの研究施設送りじゃない?それはちょっとな〜」紫穏も似たような境遇の奏に同情したのか食い下がる。 「そうか、では副会長と、音羽さんはどう思う?2人が一番奴に接触したはずだぞ」 御鈴は理緒と繋に話を振ってきた。 水分はしばらく考えていたが、やがて顔を上げると、話を始めた。 「私は会長の案に賛成です。私には彼が悪い人とは思えません、相当変な人であることは間違いないと思いますけど」 「私もそう思います。とんでもない馬鹿だけど、少なくとも悪い奴じゃないと思います」 水分の言葉を受けて繋も話した。 咄嗟の事とはいえ、自分がこういう返答をしたことは繋自信にとっても意外だった。まさかあの馬鹿を擁護することになるとは。研究施設送りになるということに情が動いてしまったのだろうか。 「天地奏に接触した2人が言うのだから、間違いはない!ではそういう事で決定!」御鈴は高らかに宣言した。 他のメンバーもこうなったらもうとやかく言っても無駄だとひきさがるより他ない。 「でもよお、編入はいいとしてどこに入れるんだ?」 「確かにそれは問題だな。見た所奴は高校生くらいのようだし………」会長は考え込む。そのまま数分うなり続けたが、やがて顔を上げた。 「よし、決めた!天地奏が編入するのは高等部2−Aで決定!」 「「は!?」」理緒と繋の声がハモった。 「会長なんで私のクラスなんでしょうか?」珍しくうろたえながら水分は質問する。 「うむ、編入することに決定はしたものの、ルール達の言う危険性も考慮したのだ。2−Aならば副会長もいるしいざとなっても奴を押さえられるだろう!」 「いや、そんな横暴な………」なおも食い下がるが、もう会長は聞いていない。 「却下した意見も切り捨てずにきちんと盛り込む、人の上に立つ者はこうでなくてはな。」御鈴が言うと白虎も「うな〜」とそれを肯定するように鳴いた。 「あ、それとな」御鈴は繋の方に目を向けた。 「音羽繋君、きみは天地奏の世話係だから、頑張ってな!せいぜい学園生活を楽しませて上げて欲しい」また会長はとんでもないことを言い出した。 「え、私?私が何でアイツの世話係」 「拾ったのも何かの縁という事だ。上手くやるのだぞ」 「そんな酷い…………」もう繋は泣きそうだ。 「うん、今日はもう帰っていいぞ音羽繋君、お疲れさま」御鈴は歯牙にもかけない。 なおも繋は食い下がろうとしたが、会長はもう猫と遊んでいた。取りつく島も無い。 これ以上の抵抗は無駄と判断し「なんでこんな事に………」とつぶやきながら繋は醒徒会室を後にした。今日一日で自分はどれだけ驚かされたのだろうか。もうとにかく早く寮にもどって寝ようと思った。 * 天地奏を拾ってから、一夜があけた。繋はその日起こった出来事や、天地奏の世話役を命じられた事、それが醒徒会長命令で繋には拒否権などない事。 そして何よりあの個性的というレベルを遥かに超越している天地奏という人間のの事を考えると、非常に憂鬱だった。しかし疲れから女子寮の自分の部屋に戻るやいないや泥のように眠ってしまった。 憂鬱な気分で2−Aの扉をあけ、自分の席にのろのろと歩き、倒れ込むように席に座る。あたりを見回すといつも空いているはずの自分の右後ろの席が埋まっている。 席の主は鳶縞キリ、第九建築部:通称大工部と呼ばれる部の部長を勤める女性だ。17歳の時にラルヴァ戦で負傷し、2年間の休学のおかげで御年20歳。 普段は登校しても大工部の部室に直行するために、始業式や終業式、テスト期間以外で目にする事はほぼ無いといってもいい。それが今日に限って登校している事に繋は興味を惹かれた。 「あの〜、鳶縞さん、お久しぶりですね」繋は意を決して話しかけてみた。 「ああ、音羽君か。久しぶりだね」 「今日はどうしたんですか、珍しいですよね」 「いや、昨日醒徒会棟が壊れたらしくて、その修理がうちの部に依頼されたんだけどね」 「あれ鳶縞さんのところが担当するんですか」 「まあね、それはいいんだ。でさ、その醒徒会棟をぶっ壊した、いや会長に醒徒会棟をぶっ壊させた張本人がこのクラスに編入するらしいじゃないか」 「………」もう話が広まっているのか。繋は絶句するしかない。 「で、その馬鹿の顔を見てみようと思ってさ、久しぶりに登校したってわけ」 「もしかして、その話結構広まってます?」恐る恐る聞いてみる。 「結構どころかみんなこの話題で持ち切りだよ」鳶縞キリはある意味で死刑宣告を告げた。 鳶縞キリの言う通りだった。クラスは季節外れの編入生の話題で持ち切りである。「面白い人らしいよ」だの「なんか凄いイケメンらしいよ」だの「楽器持ってたらしいぜ、管弦楽部に誘ってみようかな」だの「なんだ男かよ、どうでもいいや」だの無責任な声がクラスのそこかしこから聞こえる。 鳶縞キリに挨拶し視線を前に戻すと、友人の鈴木千香が近寄ってきた。 「おはよう音羽ちゃん!」 「おはよ〜」 「何、元気無いね?昨日どうだったの?」 「色々あってね〜、とにかく疲れてるのよ」 「へえ、ねえねえ昨日の件てさ、もしかして編入生君となんか関係があるの?」 「ああ、昨日私が見つけたのが編入生」 「やっぱ関係あるんだ!じゃあ編入生君の事知ってるんでしょ?どんな人?」 どんな人、か。そう聞かれて繋は考えこむ。表面的には、プロ並みのフルート演奏技術を持つイケメン。いかにも千香が飛びつきそうな感じだ。彼女はなかなかミーハーなところがある。 だが問題は中身である。あの奇人変人ぶりを言葉でどう説明したらいいのか、繋には皆目検討がつかない。考えに考えた末に、ようやく言葉を絞り出した。 「凄い人…………かな。色んな意味で」まあ間違ってはいないだろう。 「凄い人?なんだかよくわからないけど、面白そうだね………」 面白いか、そう言っていられるのも今だけなんだろうなあ、と繋は自嘲気味に笑った。 そうこうしているうちに、チャイムが鳴る。担任の春出仁と、一緒に水分理緒が入ってきて、生徒達はめいめい自分の席についた。春出の顔はいつになく疲れているようだ、そして理緒もいつも通りのようだが、笑顔に翳りが見える。繋にはその原因がはっきりとわかった。 生徒全員が席に着いた事を確認して春出は口を開く。 「みんな、おはよう。おや、今日は鳶縞が出席しているな」春出が話始めると生徒の一人が「せんせー、転入生は〜?」と声をあげた。 「やはりもう話は広まっているのか。まあそうだろうな………。その通りです、今日はこのクラスに転入生がきます」 春出の口調は重い。 途端にクラスから歓声があがる。何をみんな喜んでいるのだろうか、入ってくるのはアレなのにと繋は思った。 「静かにしてね………。じゃあ転入生に入ってもらいましょうか、どうぞ」と春出は廊下に声をかけた。 すると、教室の扉が勢い良く開き、男が教室内に軽やかな足取りで入ってくる。見紛うはずもない、天地奏である。 奏が教壇の横に立つと、女生徒から歓声があがり、男子生徒からはがっかりしたような声があがる。奏の容姿を見てのことだろう。 前の席に座る千香が振り返ってきた。 「何よ音羽ちゃんアレ。すっごいイケメンじゃん」千香は興奮したようにまくしたてる。 「イケメンね、まあイケメンだよね、確かにね」 「音羽ちゃん反応悪くない?どうしたの?」 「まあ直にわかると思うよ………」繋にはある種の核心があった。 「はい、静かにしてください」 春出は生徒に呼びかけると奏の方を向いた。 「じゃあ、自己紹介してください…………」 ひと際大きな歓声が女子生徒からあがる。歓声をよそに繋は自分の時計を見下ろした。さて、このムードが何分もつのだろうか。 話を振られた奏は教室の全体を見回す。今やクラスの注目の全て(生徒2名と教師1名以外)が彼に注がれている。 「俺の名前は天地奏、天と地に俺の音を奏でる男だよろしくな!」と奏が繋にはもうおなじみというよりうんざりの自己紹介をした。 先ほどと同じく女子生徒から歓声があがった。 「では、君たちに初めて会った記念に、この天才様が一曲演奏してやろう。末代まで誇りに思うがいい」 言うと懐からフルートを取り出す。 この段になって結構な生徒が奏のおかしさに気がつき始めた。あんな自己紹介はない、というかなんだ天才って。など、クラスの方々から声が聞こえた。 千香も困惑の表情を浮かべて繋を振り返る。繋はそれには答えずに、ただニヤリと笑い、時計を見下ろす。30秒というところだろうか。 「では諸君、傾聴するがいい!」奏はクラスの喧噪を一顧だにせず、フルートに口をつけた。 奏の音楽が教室を包む。朝に相応しい爽やかなメロディだ。聞き覚えが有るが、もちろん繋は曲名を知らない。 奏の演奏がはじまると、ざわついていた生徒達も途端に口を閉じて、演奏に聞き入る。やはり奏の演奏にはそれだけの力があるらしい。繋もしばらく何も考えずに演奏に聞き入った。これが束の間の平和な時間だろうから。 2、3分が経過し、奏の演奏は終了した。呆然としていた、生徒達も我に返り、その演奏に拍手を送った。 拍手を浴びて、奏もどうやらご満悦のようで、生徒達に手を振っている。 ある女子生徒は「さっきの自己紹介はきっと何かの間違いだよ」などと言い始めた。甘い、甘いぞ諸君。繋は邪悪な笑みを浮かべた。 「拍手ありがとう諸君。この演奏は君たちにとって一生の宝になるだろう、せいぜい大事にするがいい!」奏は言い放った。 先ほどの女性とは黙り込んだ、それどころかクラス全体が黙り込んだ。クラスを気まずい沈黙が包む。 「えーと、では皆さん、天地君と仲良くしてくださいね」春出が気まずい沈黙を破って口を開いた。 「ああ、仲良くしてあげよう!」こいつは一体何様だ。 「…………。天地君の席ですけど、ちょうど空いている音羽さんの後ろですね。音羽さんは醒徒会から天地君の世話役を仰せつかっているようですし」 教室が再びざわめきだした。「何だよ世話係って」とか「音羽さんに世話させるなんて許せねえアイツ」など生徒は話している。 「世話係ってどういうこと、音羽ちゃん」千香も振り返って質問してく。 「えーと、まあ拾った縁というかまあ色々あってね………」一番思い出したくない事を思い出して憂鬱な気分になる。 春出の話を聞いた奏は繋ほうに目を向けた。 「ほう、お嬢ちゃんは俺の世話係なのか。なんだそうなのか。いやいやこの天才様の世話係とは幸運だなお嬢ちゃん。ではこれから俺の事はご主人様と呼ぶがいい」 奏がそう言った刹那である。 「誰がご主人様だ!!!!」 奏は激怒した。 繋は腹の底から叫ぶと机のうえに立った。そこから自分の斜めまえの席に飛びうつり、机の上を走り抜けるように一直線に奏に向かって駆けて行く。 奏の数メートル前の机に到達したところで繋は机を強く蹴り、斜め前方に飛び上がった。そのまま美しいキックの姿勢を作り奏に突っ込んで行く。 生徒の誰かが「ライダーキック………」と呟いた。 その名の通り、かつてTVで見たようなライダーキックが奏の胸に炸裂した。「ぐえっ」という声を出し、くの字に折れ曲がる奏。 だがそれでは終わらなかった。繋は蹴った奏の胸を足場ににしてもう一度、飛び上がる。 そのまま空中で一回転すると、再び、奏の胸にキックを炸裂させた。 「ぎゃふん!」 ドゴォッ!と爆発音のような音がして、奏は黒板に叩き付けられた。昨日からの鬱憤が全て集積した凄まじいキックであった。 先ほどの生徒が「すげえ!あれは反転キック!」と叫ぶ。 異能力が発現していないとはいえ、繋は双葉学園に入学後、訓練を積んできた。机を八双飛びして、反転キックをぶちかます程の身体能力を持っていたのである。中でも繋は運動神経も良く、格闘技 の筋もいいと評されていた。 すとっと奇麗に床に着地し、のびている奏を見下ろした時点で繋は我に返る。とんでもないことをしてしまった。 教室がまたもや、ざわめきはじめる。皆突然の繋の行動に驚いたようである。千香も理緒も鳶縞も目を大きく見開いて繋を見ていた。繋の行動が余程意外だったのだろう。だが一部から「かっこいい」だの「俺も音羽さんに蹴って欲しい」などという意見が聞こえた。 このクラスも所詮は双葉学園である。 やがて、ざわめきは歓声に変化した。主に男子生徒が声をあげる 「おーとーわ!おとーわ!」歓声は熱狂となりクラスを支配した。 このクラスの生徒、いや双葉学園の生徒は基本的にノリ易い、というよりもどいつもこいつもお祭り好きだ。 「凄いんだね、音羽さん」春出が引きつった顔で繋に声をかけた。 「あは、あはははは…………」 繋は最早笑って誤魔化すしかない。自分の学園生活はどうなるのだろうか、と繋が虚ろな頭で考えた時だった。 「ははははは!お嬢ちゃんの愛もなかなか痛いな!だが、心配することはない、この天才様はそのくらいの愛の一つや二つや三つや四つ、受け止める度量があるからな!」 奏が起き上がって高笑いを始めた。言っている内容は置いておいて、その姿を見て繋はある事を思い出した。 こいつは昨日、学園最強の、醒徒会長の白虎砲をくらって(勿論、結構な手加減はしたのだろうが)ここに立っているわけか。 繋は恐ろしい事実に戦慄した。 Part3に続きます トップに戻る 作品保管庫に戻る
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【Mission XXX Mission-04】 Mission XXX Mission-04 甘き死に惹かれて ―『巫女』狙撃事件― 「ここ一週間ほど誰かの視線を感じるんだ」 「ストーカーね、間違いないわ」 「…向こうにも相手を選ぶ権利があると思うのだけどなあ」 とある春の日の放課後、皆槻直と結城宮子の学校帰りの道のりはそんな会話と共に幕を開けた。 「何言ってるの、ナオは十分魅力的よ。そんなに自分を卑下しちゃダメ」 「でもこれじゃあ、ねえ」 と言いつつ直は軽くスカートを摘み上げた。風に吹かれた霰がスカートに遮られてその表面を滑り落ちていく。 寒の戻り、と言うにふさわしい日だった。巨大なラルヴァにも怯まず挑む直も天気には抗する術も無く、渋々トレードマークに近くなっている四肢の露出が大きい戦闘即応の衣装を諦め、長袖のブラウスとロングスカートというまあ女子高生として大分ましな格好となっている。 「ナオは何も分かってない!」 びしっと指を突きつけ宮子は断じた。 「ナオの魅力はその健康美溢れる腕や脚じゃなくて…いやそれも魅力の一つね、えっと…だけじゃなくて、その強い魂なのよ!」 「……」 直も人の子であるわけで褒められて嬉しくないわけではない。ないのだが、こんな多数の生徒が通り過ぎる最中で力説されても少々面映いし、なにより… 「…私の魂か、…そこまでいいものではないと思うよ」 呟きと共に小さく目を伏せる直。「あ…」と宮子の高揚も見る見る萎れていく。 「ごめん、何か気に障ること言った?」 「ううん。ミヤがそんな風に言ってくれるのが嬉しくて、でもそんな存在になれない自分が申し訳なくてね」 「そうかなあ?さっきのはちょっと口が過ぎたかもしれないけど、ナオの強さは腕力が強いとか異能が強いとかそういうのじゃないと思う。これは誰がなんと言ったって断言できるわ」 「ありがとう。でも…」 「先輩!」 直の言葉は闖入者の言葉にかき消される。ここしばらくすっかりお馴染みになってしまった出来事だ。 「うん、今日は『無い』ですね。本当に無茶はやめてくださいよ、きりが無いんですから」 「はは、ごめんね」 「もうちょっとガツンと言ってやってもいいわよ、巣鴨さん」 「えーっ、先輩なんだよ、もうちょっとこう、遠慮しなきゃだめよ伊万里ちゃん」 いきなり説教モードに入った勝気さを体現するかのような赤髪の少女にこれもお馴染みのリアクションを返す直と宮子。 もう一人の来客、どこかおどおどした雰囲気の黒髪ツインテールの少女は宮子の発言にびっくりして赤髪の少女を止めようとしている。 赤髪の少女の名は巣鴨伊万里。薙刀部のホープとして知られていおり、また予知系の異能を持つ数少ない人間の一人である。 黒髪ツインテールの少女の名は藤森弥生。伊万里の幼馴染であり、彼女と同じく双葉学園高等部1年Z組に所属している。 ある偶然により引き寄せられたこの4人はここ最近こうして何度も会うようになっていた。 「それでは皆槻先輩、一手お願いできますか」 「喜んで」 会う度にこういう流れになるのもほぼ定番といえた。強くなることを望む少女と戦いを望む少女。こうなるのは必然だとお互いの相方は既に諦めの境地に達している。 静かにため息をつく宮子と弥生を残し、直と伊万里は嬉々として歩みを速めて歩き出した。 注意し続けなければすぐに見失ってしまう獣道を辿りながら、男は林の中を進んでいた。 高めの身長でその上痩せぎすな男の姿は獣道を行くには木々という障害が少々手に余ると思われたが、どうということもなさげに枝をかき分け踏破している。 無造作に垂れ落ちる前髪に遮られ、その瞳に宿る感情は読み取ることはできない。 服装は長袖のTシャツとトレッキングパンツという、ごく一般的な山歩きのそれである。ただ、チャリチャリと金属質な音を立てるトライアングルチェーンのみが異彩を放っていた。 ただただ登り道が続いている。男は時間にまだ余裕があることを確かめ、しばし足を止めることにした。 チェーンから下がる大きな三角の輪を手に取り、男はそれを恭しく顔のそばに捧げ持った。 「聖なる三角よ、我が描きし三角へ加護と相似を与えたまえ」 目を堅く閉じ頭の中で様々な三角を描き続けながら一心に唱え続ける男。 「どうかしたのかの?」 かけられる声に呼ばれ男は目を開く。殺気や敵意は感じない。年の割には活気に溢れているというだけのただの老人であった。服装から見るに、趣味で山歩きをしていたところなのだろう。 笑えるくらい幾何学的な四角四面の顔が心配そうな表情に染まっている。 その顔を間近に見た男の目が突如大きく見開かれた。男は両腕を大きく広げ手首をくい、と軽く前に返した。 突如、老人の胸が大きく一度上下する。数瞬の間を置き、老人の頭のあらゆる穴から滝のような勢いで血液が流れ出した。 「…気分が悪くなったのかの?」 老人の気遣う声が男の思考――男が望んだ老人の未来の姿――をかき乱した。 (余計な騒ぎは避けるべきか。くそっ、腹が立つ) 男は横に伸ばした腕をゆっくりと前に回した。 「俺は今虫の居所がとても悪い。縊り殺されたくなきゃとっとと失せろ」 苛立ちをそのまま視線に乗せて叩きつけると、哀れな老人は体を震わせ慌てて転がり落ちるかのような勢いで走り去る。 仕事前の三角への祈りの最中に四角の顔を見せ付けたと言うだけの理由で殺されかけた運の悪い――ある意味では運が良いと言えるかもしれない――老人を無感情な目で少しの間見届け、男は再び獣道を登りだした。 男は異能者だった。その名をオクタントという。正確にはコードネームなのだが、他に使う名がより彼自身との結びつきが薄い偽名しかないのだからそう言うのがもっともふさわしいであろう。 男――オクタントが所属しまた彼をここに送り込んだ組織の名は「聖痕(スティグマ)」。ラルヴァを信仰しラルヴァを狩る者たち――特にその中に加わる異能者を敵視している集団である。…もっとも三角に信仰を捧げている彼はスティグマの理念などには欠片ほどの価値も感じてはいなかったが。 ともあれ、オクタントはスティグマの任務として数日前にここ双葉区、異能者の箱庭たる学園都市島へやってきた。 任務内容は「死の巫女」の狙撃。その正体は双葉学園に通う女子高生、巣鴨伊万里…と聞いている。 「死の巫女」とは何なのか、何故彼女は死なねばならないのか。そんなことは聞かされていなかったし興味もない。 彼女が何者であれ、異能の力で三角の頂点に填め込んでやれば最高に価値ある存在に生まれ変わる。 それこそが救済なのだとオクタントは考えていた。 商店街の裏手にある小さな林の中の開けた一角。そこが直と伊万里の手合わせの場所となっていた。 伊万里は近くの喫茶店のスタッフ用更衣室を借りて着替えており、直の方はというとその場で袖をまくり上げてスカートを脱ぎ――下にスパッツを履いていて宮子はほっと胸をなでおろした――隅の方で柔軟体操をしている。 自然、暇を持て余した宮子と弥生の間で会話が交わされることとなった。 「結城さんってすごいね」 「え、私?ナオじゃ無くて?」 目を丸くして振り向く宮子。普段は直を褒める側の彼女にとって逆の立場に立たされるのは稀有な体験であった。 「うん。結城さんって皆槻先輩の手綱を取れる唯一の人間って言われてるから伊万里ちゃん以上に腕っ節が強い人かと思ってたけど、実際会ってみたら全然そんなことないし、でもそれなのに皆槻先輩と一緒に何度も危険なラルヴァとの戦いに行ってるんだよね?」 そう一息でまくし立てる弥生の瞳には素直な尊敬の念が宿っていた。 (ああ、こりゃナオも気まずくなるわけね) ようやくわが身を省みることができた宮子は困惑と苦笑を混ぜ合わせた表情で弥生に語りかける。 「確かにそうだけど、ナオじゃないんだから心の中じゃ文句たらたらよ。『何でこんな厄介な仕事ばっかり!』とか『私殺す気なの!』とか」 「そうなの?それならなんで皆槻先輩とずっとチームを組んでるの?」 「うーん、なんと言うか…覚悟、決めたからかな。何があってもナオについていくんだって」 「…やっぱり結城さんはすごいよ。私には…とてもそんな覚悟なんて持てないな」 弥生の瞳が哀しみをまじえた諦観の色に染まる。 「そういうのってきっかけ一つなんじゃないかな。藤森さんも何かきっかけさえあればきっと、なりたい自分になれる。私はそう思うよ」 「ううん、それは結城さんが異能の力を持ってるからだよ。何も取り柄の無い私なんかじゃ…」 そうじゃない、自分が望む自分になるための一歩を踏み出すのに必要なのは力とかそういうものじゃない、その言葉は宮子の喉の内で消えていった。 (今は言っても届かないだろうしね) 少しだけ感傷がよぎる。視線を落とす弥生の姿が過去の宮子自身とオーヴァーラップして写った。 必要なのは意思。望まぬ現状を乗り越えたいと願う強い意志。そしてそれは決して他者の手では引き出すことはできない。 それを宮子は何より良く理解していた。 「きっとできるよ。自分にとって何が一番大切なのかを見失わなければ、ね」 だから宮子はそう言うだけにとどめる。 せめてもの願いを込めて。 ジャージ姿に試合用の薙刀を携えて現れた伊万里は、緊張した面持ちで唇を真一文字に結んだまま直と向き合った。 正式な試合というわけではない。だが薙刀部で徹底的に叩き込まれた試合の礼法、その最低限の発露として伊万里は立礼を行い、直もそれに合わせる。 それが開始の合図だった。 お互いの距離は約5m。何を賭けるわけでもない手合わせに小細工は必要ないし、そもそも二人ともそんなものは望んでいない。 故に、ゆっくりと引き寄せられるようにお互いの距離は縮んでいく。 薙刀の間合いまで後半歩。先手を取ったのは間合いに踏み込もうとした直…ではなく更に先を取ってその動きを狙い撃った伊万里の方だった。 踏み込んだ足を打ち据えるべく襲いくる薙刀をとっさにジャンプしてかわす直。だが、それも予想通りだと言わんがごとく切先を返した薙刀が跳ね上がって追いかけてくる。 〈ワールウィンド〉の力で風を巻き上げ、直はフィギュアの回転ジャンプのように空中で後ろ回し蹴りを放ち薙刀を強く弾く。伊万里に背中を向ける形で着地した直は体を強引にひねりながら伊万里に向け跳躍、大きく右の拳を振りかぶった。 大きく崩された刃部での迎撃を諦めた伊万里は石突を投げつけるかのような勢いで突きを放つ。カウンター気味の突きは直の二の腕に食い込み、つっかい棒のように右拳を止めた――かに見えた。 「おおぉっ!」 雄叫びと共に風の推力が圧となって薙刀を通し伊万里に伝わる。刹那、天に拳を叩きつけるように跳ね上げられた腕が薙刀の石突を振りほどき弾き飛ばす。 枷から解き放たれた直は左拳で手刀を作り半歩の踏み込みと共に放つ。薙刀を跳ね上げられた伊万里はその勢いを逆用し刃部を手繰り寄せながら振り上げる。 伊万里の首筋を狙う手刀と直の顎を狙う薙刀の刃。両者は獲物を捉える寸前でぴたり、と動きを止めた。 ほんの僅かの間、その姿を何かに示したいかのように動きを止める二人。どちらとも無く構えを解き、再び開始時の距離でお互い立礼をする。 はあ、と伊万里の口から大きく息が漏れ出た。 「悔しいですけど、私の負けですね」 やや憮然とした表情で告げる伊万里。えっ?と驚く弥生に向き直り、 「寸止めをする気じゃなかったら先輩はもっと早く手刀を打ちこめたわ」 と解説する。 (というより戦闘系の異能持ちでもないのによくぞここまで) 直としては珍しく、悔しげな伊万里の姿に呆れ半分の気持ちだった。 才能もあるのだろう。積み重ねた努力もあるのだろう。だがそれよりも、 (強くなろうというモチベーションが凄い) とこれまでの手合わせを通じて直は感じていた。「周りの人たちを護る力が欲しい」という理由は聞いていたが、そのそこにある原点は果たして何なのか、と思いを馳せるのもまた直にしては珍しいことだった。 やっぱり戦闘系の異能は戦闘向きよねえ、と弥生に続けて言った伊万里はすぐにその言葉のあまりの内容の無さに眉根を寄せ再び直と正対した。 直に駆け寄った宮子が手を当てて治癒の力を注ぎこむ先――突きを食らった状態で強引に動かしたため内出血で紫の円が描かれている二の腕――を指差し、伊万里は目を吊り上げて怒りを吐き出した。 「負けた私が言うのもなんですけど、やっぱり先輩の戦い方はなってません。そんなだから何時までも旗から縁が切れないんです!」 伊万里と直の出会いはある一つの大きな偶然によって彩られており、それがこのどこか奇妙な関係の根本を成していた。 死の予兆を頭上に立つ旗の形で知覚できる力、〈アウト・フラッグス〉。それが伊万里の異能である。 とはいえ旗を見る機会などそうそう頻繁にあるはずも無い。それが常とは違う常識が支配するこの双葉学園であっても。――そのはずだった。 最初に伊万里が直を見かけたとき、彼女は頭に死の旗を立て、炎に包まれた建物の中に物凄い勢いで飛び込もうとするところだった。 愕然として追いかけた伊万里が消火作業を手伝う中、直は炎の中に取り残された子供を抱きかかえて窓を吹き飛ばし平気な顔で生還してきた。 数日後、海岸沿いの道で再び直を見かけたとき、彼女はまた頭に死の旗を立て、直後に海中から出てきた巨大な海蛇型ラルヴァにただ一人立ち向かっていった。 逃げ惑う人々を庇うためだろうか?違うかもしれない。なにしろしばらくして風紀委員の一団が到着した後も一斉攻撃の邪魔になると苛立ち混じりの警告を受けるまでラルヴァにまとわりついていたのだから。 その後後方で指示をしていた少女と共にあっという間に姿をくらました彼女の名を伊万里が人づてに知ったのはこの後である。 他殺志願者とまで揶揄されていることを知った伊万里は頭を抱える思いだった。 更に数日後、三度直を見かけたとき、彼女はまたまた頭に死の旗を立て、声をかけようとする伊万里の前でハンドル操作を誤って歩道に突っ込もうとするバイクに体当たりを仕掛けた。 幸い事故は防ぐことができバイクの運転手も大事は無かったが、今度ばかりは直もただではすまなかった。 道路の真ん中にしたたかに打ち付けられショックで動けなくなった直のため伊万里は道路に飛び出し必死で車を止め、どうにか彼女の旗を消すことはできたのだが。 (なんでこの人は…!) こんな短期間に死の旗を三回も立てた始めての人間に対する激情が伊万里を満たしていた。 「私の前で誰も死なせない」という強い誓いを胸に抱き鍛え続けている伊万里にとってまるで自分の死で戯れているかのような直の姿は許しがたく感じられたのだ。 「だから、説きょ…もとい説得に行くのよ!」 「やめようよぅ伊万里ちゃん、きっと怒らせちゃうよ」 と言って止まる伊万里でもなく、かといって放っておくこともできず弥生もついてくることになった。 「皆槻先輩、このままだと遠からぬうちに死んじゃいますよ!」 これが伊万里が直に放った第一声だった。怪訝そうに振り向く直と宮子。伊万里が相手の感情を害した時にはフォローに入ろうと決意していた弥生だったが、頭一つほど上から元々目つきがきつめな直の視線に見下ろされるだけで既に半泣きの数歩手前の状態である。 「…うーん、じゃあ詳しい話を聞かせてもらえないかな」 だが幸いにも直は二人が噂に聞いていたよりは随分温和であるようであった。どこか肩透かしな気分を覚えた伊万里であったが、近くのベンチに四人で腰かけ、直に自分の異能のことを語りだす。 黙って伊万里の話を聞き終え、「いや、そんなに無茶しているつもりは無いのだけれどね」と直は一言答えた。 当然のことながら伊万里はその答えに納得するはずもなく。 こうして伊万里と彼女が心配でついてくる弥生の二人が直を死の旗から解き放つためと称して行動を共にするようになった。 直と宮子のことを知るにつれ、伊万里はあの時の直の言葉はあながち間違いでもないと思うようになってきた。 せっかくだからということで直に手合わせを頼んだことで、直の強さはよく実感できた。 そして頭脳役の宮子が噂通りうまく直の手綱を握っているのもラルヴァとの戦いを見ている中で理解できた。 ただ二人ながらかなりバランスの取れたチームである。 だったら何故この先輩には死の旗がこう何度も付きまとうのだろう。 最初の頃ほどではないが、伊万里が直と行動を共にするようになってから死の旗を確認するのは二度や三度どころではない。 それがどうしても伊万里には理解できなかった。 女三人寄れば姦しいとはよく言われるが、それでは四人集まればはたしてどうなるのだろう? 手合わせの後、先程伊万里が更衣した喫茶店でミーティングとして直がどうすれば死の旗と縁が切れるかを話し合うのも定番の流れになっていた。 もっとも当の伊万里自身がその理由が分からなかったのではどうしようもなく、すぐに真面目な話は直の言動やリアクションをいじり倒す流れになり、今では更にそこから変貌して適当な話題を肴に話に花を咲かせるいわゆる女の子のおしゃべりに成り果てていた。 流行の話題にはさほど興味は無く饒舌でもない直であったが、三人がかりで話に引きずり込まれ、特に直が一応学生らしい格好をしているこの日は普通の女子高生集団――直の身長に目をつぶる必要があるが――にしか見えない。 直にとっては稀な経験であったが、 (まあこういうのも悪くはないなあ) と素直に楽しんでいる自分にいくばくかの驚きを感じていた。 最初は『ああ言っといて不安煽って壷買ってとか付けこんでくるのよ』と警戒していた宮子も今ではすっかり馴染んで二人と協力して色々と突っ込んでくるようになった。 まるでこうやって四人でおしゃべりするのが当たり前のことであるかのように感じてしまう。実に不思議な話であった。 「…だからさっきも言ったけど絶対ストーカーだって」 この日の話の肴は直の感じた視線の話だった。 「…実のところ気のせいかもしれないんだ。一度追いかけてみたけど全く姿を捉えられなかったからね」 「皆槻先輩が追いかけて見つからなかったんならやっぱり気のせいなんじゃないんですか?」 「いいや、じゃあ気配を消したり足がものすごく速かったりするストーカーなのよ」 どういうわけか宮子はあくまで自説に固執している。 「足が速い、か…確かとても足が速い異能者がいるはずなのだけれど…ええと、は、は…」 「葉山」 「初瀬」 「「「いい線いってると思うんだけど…」」」 「なんだかとても申し訳ない気がするよぉ…」 何故かひどくおろおろしている弥生を見て吹きだす伊万里と宮子。直も口元を手で押さえて小さく笑っている。 「あー、可笑しかった。…あ、いいですよマスター、こっちで持っていきますから」 学校帰りの学生たちにより喫茶店はかきいれ時を迎えつつあった。てんてこ舞いの従業員に気を使い、伊万里は注文したジュースを受け取るため席を立つ。 席に戻る途中、窓に写る自分の姿にふと違和感を感じた伊万里はちらりと目をやり、愕然として足を止めた。 (私に死の旗が!?) ぐるりと周囲を見回す。誰の頭にも死の旗は現れていない。 それを確認するや否や伊万里はトレーをその場に投げ捨て飛び込み前転で床を転がった。 同時にボン、とやや軽い爆音が響き、衝撃波が伊万里の背中を舐めて駆け抜けていく。 悲鳴と共に和やかな喫茶店は瞬時にして戦場へとその様相を変えた。 かくして、伊万里たちは嫌も応もなくオクタントの異能、〈グロッセス・ドライエック〉との闘争の場に叩きこまれることになる。 中編 Mission-03 後編 Mission XXXシリーズページに戻る トップに戻る 作品保管庫に戻る
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もとが縦書きなのでラノ推奨 ラノで読む 【ジョーカーズ・リテイク 愚者たちの宴:part2】 3 飛鳥は走った。 何がなんだか理解できない。 死んだはずの明日人が話しかけてくるなんて、有り得ない。 まるで幽霊と対話しているかのようで、飛鳥は恐怖を覚えていた。 使命、そうジョーカーは言っていた。実態を持たない彼は、飛鳥の身体を貸して欲しい、そう言ってきたのだ。 その使命とは戦い、敵との戦争と闘争。 (そんなの、いやだ。怖いのも痛いのもいやなんだ!) 飛鳥は現実から逃げるようにトイレに駆け込んだ。走ったため息が乱れ、落ち着くのに少し時間がかかった。 顔を洗おうと洗面台に向かい、水を流し、鏡を見てみると、そこにはまたも自分の顔ではなく道化師姿の明日人、ジョーカーがいた。 「逃げないでよ飛鳥。ボクの身体はもう滅びてしまった。飛鳥しか頼れる人間がいないんだよ。奴らを止められるのはボクたちしかいない」 「無理だ! 僕なんかが戦えるわけない!! それに奴らってなんなんだよ……誰と戦うんだ……」 「ボクの、ボクたちの敵は歪んだ進化をした人間たち。世界を破滅に向かわせる意志と力を持った異能者たちだ」 「異能者……何を言ってるんだよ。異能者はラルヴァから世界を護るんだろう」 「そうだ。異能者はラルヴァから自分たち人類を護るための抵抗進化のようなものだ。だが、その中でも間違った進化を遂げていくものもいる。人類の脅威になりかねない存在たち、キミたち双葉学園がカテゴリーFと呼んでいるものたちだ」 「カテゴリーF……」 “評価不能《カテゴリーF》”。それは『制御が困難で味方まで巻き込みかねない危険な能力。実戦には不向きで使えないとされる能力』と規定されるもので、ほとんどのカテゴリーF能力者は確かに人類の脅威になりかねない力を秘めている。 「だけど、そんなのが敵だなんて、あんまりじゃないか。みんな望んでそんな力を得ているわけじゃない……」 「勿論全員が全員敵なわけではない。その中でも世界を憎み、世界の破滅を望み、実際にそれだけの可能性を秘めている存在がいる。それがボクの敵だ。確かにまだこの時代では世界を滅ぼせるほどの実際の力はないだろう。しかし、放っておけば彼らのような存在はいずれ世界に蔓延し、滅びへと向かわせる」 「それを食い止めるのがお前の使命か……」 「そうだ」 「随分ご立派だな。何様のつもりだ明日人!」 飛鳥はその妄言めいた言葉を否定する。自分自身そんなものの存在を信じられないのもあるだろう。彼は鏡の中のジョーカーを睨みつける。 「それが本来は明日人本人の使命だったのさ。彼はその歪んだ進化をした人間たちを正すべく、また別の進化をした存在だった。だが、幼いうちに死に、ボクがバックアップとしてキミの魂に残った」 「なんで僕の中に……」 「それはボクにもわからない。それが世界の意志なのか、偶然によるものなのかはね。でも明日人と同じ身体を持つキミが、ボクの器になるには最も適しているのだろう」 「だからって僕がそんな脅威を持つ異能者と戦えるわけないだろ、僕には異能もないのに……!」 飛鳥は俯き、ジョーカーから目を逸らす。 自分が無力なのだということは自分が一番知っている。 自分は弱い。 そして、世界のために戦おうという、この学園の異能者たちのような勇気と意志なんて微塵も持ってはいなかった。彼は小さく、弱いただの人間なのだから。 ※ 夏子に誘われ、あゆみは思わずその隣に座ってしまった。 隣にいるだけで夏子の真っ白な髪のとてもいい匂いが伝わってくる。思わず撫で回したくなるようで、あゆみは夏子の整った横顔に見惚れていた。 「なあに谷川さん」 「い、いや。別に……」 カテゴリーF能力者ということで、もっと恐ろしい女だと思っていたあゆみには意外なことであった。こんなにも彼女の隣にいると心が落ち着く、のだとは。 「あなたって私の弟に似ているわね」 「弟? 桜川、あんた弟いるんだ?」 「ええ、いるわ。学園にはいないけどね」 「弟と似てるってどのへんが? 性格が? いやね、私みたいなちゃらんぽらんな奴に似てるなんて言われたら弟くんが可哀想じゃない」 あゆみはそう自嘲した。自分を傷つける言葉は、自分を深い闇に落とすだけだというのに、人は自分を、嫌いな自分を否定せずにはいられない。 「あら、そんなことはないわ。貴女は本当はとっても素敵な女の子よ。ちょっとつっぱってるだけの、可愛い女の子」 気が付けば夏子はあゆみの目を覗き込むようにこちらを見ていた。唇と唇が触れそうなほどに、お互いの息がかかるほどに近い距離。 しかし眼を逸らすことすら躊躇わせるほどに、夏子の瞳には引力があった。 「わ、私は本当に駄目な奴よ……」 あゆみは思わずそう呟いてしまう。 なぜだが夏子が傍にいると、弱くいやらしい自分という人間を自覚せずにはいられなかった。まるで感情を吐き出しているかのように、素直になってしまう。 「いつもいつも嘘をついて、見栄を張ってばかり……。流行りものの服や化粧をしていないとみんなが私を置いていくんじゃないかって怖いの」 あゆみは少しだけ肩を震わせ、そう呟くように言った。ほぼ初対面であるはずの夏子にこんなことを言ってしまう自分に戸惑いながらも、どこか心が安らいでいくのを感じている。本当に天使に語りかけているかのようである。 「人に嫌われるのが怖いのね。わかるわ。私も人間が怖いもの。でもね、そんな人たちの評価なんて気にしては駄目よ。彼らは自分の意志をもたない下らない人形なんだから」 夏子はそっとあゆみの手を握る。 「でも貴女は、人間を嫌いになりきれないのね。どうしてかしら。 恋をしているのかしらね?」 「恋……。そうなのかな……。私はいままで何人も男の子と付き合ってきたけど、恋なんてしたことあるのかな」 「それはしょうがないわ。でも、いま貴女が心から想っている相手は、本当に好きなんでしょ」 「うん……。これが恋、なのかはわかんないけどさ、どうしても気になる奴がいるんだよ」 あゆみは飛鳥の顔を思い浮かべる。 可愛らしい顔をした男の子。護りたい、抱きしめたい、と心からそう思えるような相手は彼だけであった。 飛鳥のことを思い出すだけで心が温かくなる。しかし、同時に胸が痛くてどうしようもなくなってしまう。 「でも、その子はきっと私みたいな奴のことを好きになんかならないわ。私なんか釣りあわない……」 飛鳥みたいな男の子には、きっとあの委員長みたいな女の子が合うんじゃないか、自分のような不良少女は怖がらせるだけ、そう思い俯く。 「だから、私はもう嫌なんだ。こんな辛いなら、恋なんて知らなくてよかった。毎日みんなみたいに何も考えず生きていけたらよかった」 「そうね、恋は辛いわ。もし想いが届かないのなら、いっそ世界なんて滅びればいい、そう思わないかしら?」 夏子は囁くようにそう尋ねる。一瞬あゆみはきょとんとしてしまう。そう考えている人間が自分だけではない、ということに少し驚きを感じていた。 「世界の破滅……か。なんだかそれは楽しそうだね」 あゆみはくすりと笑った。その非現実的な言葉に少し頬が緩む。世界が終わることなんてありえないけど、そう願う人間が自分一人ではない、孤独じゃないんだ、そう思えただけで彼女には救いだった。 「大人になる前に世界が終わって、歳をとって醜くなる前に綺麗なままいられたら、それはきっといいことだね」 あゆみはそう夏子に言った。 それはただの絵空事。現実逃避の軽い妄想。 「そう、谷川さんは歳ととりたくないんだね」 「まあね。笑われちゃうかもしれないけどさ、ずっと綺麗なままでいたいじゃん。そうすればいずれ藤森君だって……」 女の子が想い描く理想。叶わない恋に対する想い。 しかし、その想いは突然腹部に襲った違和感によって消された。 激痛。 そしてじわじわと身体を焼くような熱が彼女の腹部を刺激している。 服に染み割っていく熱い水のようなものに触れると、それは汚らしい赤色をしていた。 (え……なにこれ、血?) ふっと、視線を下に向け、あゆみは自分の腹部を見つめる。そこには奇妙なものが生えていた。いや、生えているのではなく突き刺さっているのだ。銀色に輝くナイフが、彼女の腹部侵入していた。そのナイフを辿れば、白い手。 桜川夏子が突然彼女をナイフで刺したのだ。 「な、なんで……?」 失われていく意識の中、彼女は混乱する頭で彼女の顔を見つめる。 お化けのような白い髪に黒い服。そしてその美しい顔を少しだけ歪め、不気味な笑みを浮かべる彼女見てあゆみは、 (魔女……) そんな単語が頭をよぎり、恐怖を感じていた。 「死の無い世界、そして世界の終わりへようこそ、谷川あゆみさん」 その言葉を最後に聞き、あゆみは十八歳という短い人間の生涯を終えた。 ※ 優等生である雨宮真美までが教師と一緒に教室から出て行ったことで、バラッドはその重い腰を上げるに至った。 (一体全体どいつもこいつもどうして教室から出て行くんだよ。これはちょっと何かあるのか確かめてみるとするか) 自分も教室から出いく口実を自分で作り、バラッドは気配を殺し、誰に気づかれることも無く教室を後にした。 (さて、出てきたはいいけどどうしたものかな) 彼は一先ず飛鳥がどこに行ったかを確かめてみようと、精神を集中する。 掌を床につけ、彼は眼を瞑る。 すると、無数の足音のようなものがソナーのようにバラッドの身体に伝わってくる。これは彼の異能、“パーソナル・バイブレー”の一端である。 パーソナル・バイブレーは簡単に言えば振動を操る力だ。このように足音や心臓の鼓動を察知し、個人の居場所を特定することができる。勿論それは遠距離の探知は不可能ではあるが、学園内ならば容易である。 (藤森飛鳥の足音、鼓動音はどこだ――) 何千という無数の足音の中から飛鳥のものを断定するのは難しい。だが今はもう始業式が始まっていてみんな直立不動なのだろう、そのため動いているはずの飛鳥の足音を見つけるのは簡単である。 (これか……どうやらトイレ付近にいるようだな。だが何故走ったり止まったりを繰り返している。鼓動も激しくえらく戸惑っているようだが……) そこでバラッドはついでにその他の鼓動を感知してみる。次に出て行った谷川あゆみはどこに行ったのかを。 そこで彼は違和感を覚えた。 微かだがあゆみの鼓動は保健室に確認できた。そこまではいい。だが、突然あゆみの鼓動が消えたのだ。 (なんだ――? 突然谷川あゆみの鼓動が感知できなくなった――一体何があった?) 異変を感じ、バラッドは飛鳥ではなくあゆみの下へ向かおうと歩を進める。 心臓の鼓動が聞こえなくなった、ということは紛れも無く死んでいるということだ。何があったのかはわからないが、それだけは確実なこと。 だがしかし、 (そんな、馬鹿な、有り得ない) 谷川あゆみは、 (そんな馬鹿なことが――あるものか!) 谷川あゆみの足音は、確かに今も響いているのだ。 ※ 「なんなのここは……」 雨宮真美は資料棟最深部の部屋に無理矢理連れてこられ、怯えきっていた。 辺りには雑多に紙の資料や、ディスクに焼かれたもの、物的資料など様々なものが置いてある。拾い空間であるはずなのに、物が多すぎてとても狭く感じてしまう。 彼女をここに連れこんだ張本人である雨宮たちの担任教師、四谷は不適な笑みで扉に背をもたれかからせていた。ここからは出させない、ということであろう。 「だから言っただろう雨宮。ここは双葉学園の暗黒史が置かれている。それをキミにも見てもらいたいのだよ」 四谷は普段のような軽薄さはなく、今の彼にはどこか不気味で威圧感のある印象を受ける。とても生徒に人気のある二枚目教師には見えない。 「だから、なんで私なのよ……意味が解らないわ……」 「それはね、キミが“死の巫女”の一人だからだよ雨宮真美」 「“死の巫女”……?」 「そうだ、キミは我々の希望の光の一つ。魔女に選ばれた存在。新たな世界の可能性」 四谷は理解不能な言葉を口走りながら近づいてきて雨宮の手をとる。 「や、やめて下さい!」 「やめないよ。これを見るんだ」 そう言って四谷は雨宮を拘束し胸に抱き、部屋にあった資料のディスクを取り出して、その場にあったパソコンに挿入した。 「さあ一緒に見ようか、この地獄のような現実を」 「何を言ってるんですか先生、私に何を見せようと――」 挿入されたものは映像ディスクのようで、立ち上がったパソコンにその内容が再生されていく。自分の力では大人の男性に抗えないと悟った雨宮は、諦めてその映像に目を向ける。その映像は劣化が酷く、擦り切れているようではあるが、ノイズ混じりになんとか見ることはできるようだ。 そこに映し出されたのは学園のグラウンド。グラウンドといってもいくつもあるため、ここが第何グラウンドかはこの映像ではわからない。 しかし、そこには百人近い生徒たちが映し出されていた。 (何をしているところなのかしら) 雨宮は映像を凝視する。とてもつもなく不穏な空気がその映像から伝わってきたのである。そこに映し出される生徒たちの目からはっきりと、殺意のようなものを感じ取ることができた。 「これは――な、何をしてるの四谷先生……」 「見ていればわかる」 そう言われ、雨宮も黙ってその映像を見つめ続ける。 やがて音声が聞こえてきた。 それはあまりに悲痛な子供の声。 怯え、震え、それでいて死を覚悟しているような、そんな声。 『人間のみなさま・・・・・・ごめんなさい。異能者のみなさま・・・・・・ごめんなさい。・・・・・・島に住むみなさま・・・・・・ごめんなさい。うちの父親が、みなさまに大きな迷惑をかけてしまって・・・・・・。悪いのは僕らですから、どうかみき姉ちゃんたちを・・・・・・』 そしてその直後、雨宮は叫び声を上げたくなるほどの地獄を見ることになった。 4 学園長の気が遠くなりそうになるほどに長く下らない話と、会長のありがたいお言葉と、醒都会による新学期の抱負などが語られ、双葉学園の始業式は無事終わった。 ホームルームも一時間ほどで終わり、学園の授業は半日で済んでしまった。また明日から慌しい毎日が始まるのだろう、と、生徒たちは思い思いにそれぞれの安らかな昼からの生活を楽しんでいた。 藤森弥生《ふじもりやよい》もそんな生徒の一人であった。 いつもおどおどとして泳いでいる瞳に、黒髪のツインテールの少女、それが飛鳥の妹の弥生という少女であった。兄に似て彼女もどこか人との付き合いが苦手な様子である。弥生とは正反対の活発な少女、唯一の親友である巣鴨伊万里は、午後から薙刀部の練習があるらしく弥生は何をすればいいのか途方にくれていた。 (どうしようかな。一人じゃつまんないし寮にでも戻って勉強でも……) 人気のない第四中庭を当てもなくぶらりと歩いていると、弥生は意外な人物に出会った。 「皆槻先輩……」 弥生には後ろ姿しか見えていないが、あの特徴的なライオンヘアーに、まだ少し肌寒いのにブレザーではなくなぜかタンクトップにホットパンツという独特のスタイルは間違いなく皆槻直《みなつきなお》であった。いや、服装や髪型以前に彼女のような高身長な女子生徒は学園に他にいただろうか、どんなに人ごみにまみれていても一発で視認できるであろう。 「ああ、藤森君じゃないか。どうしたんだい。巣鴨君と今日は一緒じゃないみたいだけど」 「はい、伊万里ちゃんは今日部活なんです」 「そうか、それは残念だ。久々にちょっと手合わせをしたかったんだけどね」 直はニコっと笑い、拳をしゅっと突き出す。 直の顔はその体格に似合った凛々しいもので、ギラギラとした眼がまた彼女の“強さ”を見るものに伝わらせている。 しかし弥生は、別段彼女を怖がることなく自然に話している。 信頼というものを弥生は直に感じているようであった。以前に遭遇したとある事件がきっかけで、弥生と伊万里は、直とその親友である結城宮子と仲を深めていた。 「相変わらずですね、先輩もこれからトレーニングなんですか?」 「うん、日々の鍛錬を怠っては駄目だね。私も今日はミヤの奴が先生に呼ばれて夕方まで帰ってこないんだよ。だからせっかくだからちょいと自主トレをね」 拳にはメリケンサックのようなものをつけて、かなり本格的だ。弥生は彼女のその強さに憧れを抱いていた。 自分自身もこんなに強くあれたなら、伊万里の足を引っ張らずに、逆に伊万里を護れるのでは無いか、いつもそう考えていた。 異能も格闘センスも無い自分には、そんなことは夢のまた夢だということはわかっている。それでも人は、求めずにはいられないのだ、理想の自分というものを。 「私も先輩が修行するところ見せてもらえませんか?」 弥生は唐突にそう言った。それを聞いて直は思わず噴出してしまう。 「はは、シュギョーって。そんな大層なもんじゃないけど見たいってならいいよ。一緒に行こうか」 可愛い後輩の頼みを断る理由もない直は、弥生の申し出を快く受け取った。トレーニングを誰かに見られているというのは少しくすぐったいものだが、一人よりはやる気が出るだろう。いつも宮子が一緒にいるため、むしろ一人ではなんだか具合が悪い。そう考えて直は弥生と訓練場へ向かおうと振り向く。 すると、直は中庭の木にもたれかかり、うずくまっている人影を見つけた。 弥生もそれに気づき、その人物を見て驚きを隠せなかった。 「誰だろう。気分でも悪いのか」 直がそう呟くと同時に弥生は、 「飛鳥お兄ちゃん……」 その人影の名前を呼んだ。 「――弥生か?」 項垂れるように座り込んでいた飛鳥は、弥生に気づき顔をあげる。その顔は何故か憔悴しているようで、もはや一歩も動けない、という感じである。 「藤森君のお兄さんかい。初めて見るな」 直は何故か兄から目を逸らす弥生に疑問を感じながらも、放っておくわけにもいかないので飛鳥に近づいていく。 「えっと、藤森――いや、これだとわかりにくいか――飛鳥先輩……大丈夫ですか? 気分悪いなら保健室まで運びますよ。私は藤森君の友人の皆槻直です」 直は腕を振るった。彼女ならば冗談ではなく本当に男子一人担いで保健室まで行くのは容易なのだろう。そんな彼女を見て、弥生はそれを止めようとする。 「いいんです皆槻先輩。放っておきましょう。お兄ちゃんなんかに関わる必要ないです」 「おいおい、お兄さん相手にその言い方はないんじゃ……」 いつもの弥生とは違い、妙に刺々しい態度を兄にとる弥生に違和感を覚えながらも、どうしたものかと飛鳥の顔を見る。 「別に、平気だよ。僕に構わないでくれ……」 飛鳥は陰鬱な表情でそうそっけなく答える。直はこの手のタイプは嫌いとまでは言わないが、少し苦手であった。自分に自身を持たず、斜に構え、周りを否定し拒絶する。そういう人間を今まで何人も見てきたからだ。 いや、だからこそ直はそういう人間に対して寛容であろうと無意識に思っていた。放ってはおけないのだ。 「もう、お兄ちゃんどっか行ってよ。そんなところにいたら邪魔でしょ」 弥生はそう冷たく言う。 飛鳥も無言で立ち去ろうとするが、彼は小さな声でこう呟いた。 「弥生、僕……明日人に会ったぞ」 「え――」 弥生は明日人の名前を聞いた瞬間、表情が凍る。彼女にとってもう一人の兄であった明日人の死は、何よりも辛い思い出であった。同じ交通事故で伊万里の両親が死んだ時も、彼女の痛みを一番知っていたのは弥生だった。 「何言ってるのよ飛鳥お兄ちゃん。明日人お兄ちゃんは死んだの。もういないの……」 震える声で弥生はそう言う。 彼女にとって明日人の死は最上のトラウマと言えるものである。死んだ兄のことを忘れたくはないが、思い出すと胸が苦しくなる。とても辛い記憶。 「そうだな、明日人は死んだ。いるはずがないんだ。そう――僕が見たのはきっと――」 ぶつぶつと意味不明なことを呟きながらふらふらとしている飛鳥を、直は不思議そうに見ていた。どうやら他人が入り込める話ではないな、と思い黙っていた。 ふと、視線を外し、中庭に続く渡り廊下を見てみると、そこには一人の女生徒がぽつんと立っており、こちらを見ていた。 だが、その女生徒に直は違和感を感じた。 ぱっと見る限りは茶髪の、よくいる普通の女子である。しかし、その顔は青白く、眼は虚ろで――いや、そんな細かい部分よりも明らかにおかしいところがその少女にはあったのだ。 血だ。 腹部のあたりが真っ赤に染まっていた。離れていても直の嗅覚にはそれは届いている。自分自身よく嗅ぐ鉄のような血液の匂い。 直が彼女を凝視していると、突然少女は姿を消した。 いや、消えたのではない、 「上か!!」 直は瞬時に少女の姿を目で追う。どうやらその少女は凄まじい勢いで跳躍し、空に舞っていたのである。 「藤森君、逃げろ!」 危険を察知した直は咄嗟に飛鳥と弥生の袖を掴み、思い切り投げ飛ばした。飛鳥と弥生は地面を転がっていき、何が起きたのか理解できずに困惑していた。 その瞬間、直たちがいた場所に少女は凄まじい勢いで落下し、砂煙が中庭を包んだ。 「せ、先輩!」 弥生はそう叫び直の身を案じるが、飛鳥はがたがたと震え、頭を抱えていた。 「いやだ、痛いのはいやだ怖いのはいやだ……」 砂煙が収まり、そこには二つの人影。どうやら直は紙一重で少女の落下攻撃を避けたようであった。 「な、なんだあんた……!」 直は目の前の少女を見つめる。その少女が着地した地面は抉れ、陥没していた。そして手には血塗られたナイフが握られており、虚ろな瞳は直ではなく、何故か飛鳥に向けられていたのだ。 「ふ……じ、もり……」 少女は飛鳥に標的を定め、ナイフを構えたまま彼のもとに駆け寄ろうとした。 「ひぃ!」 と、飛鳥は情けない声を上げ眼を瞑り、身体が固まり動けないままでいる。その少女が勢いよく彼に襲い掛かろうとした瞬間、その少女の身体が大きく揺れ、身体をくの字に曲げて吹き飛び、少女は地面にバウンドしながら中庭の花壇に突っ込んでいく。 直が片足を上げそこには立っていた。どうやら全力の蹴りをその少女に放ったようだ。 彼女の異能“ワールウインド”は、体中に亜空間の穴を広げ、そこから噴出される空気圧により攻撃を加速させ、威力を増幅させる。 その直の蹴りを背中に食らい、少女は花壇に埋もれたまま動かない。 普通ならば骨が折れていても不思議ではないほどである。相手が普通の人間ならば、これで決着はついたはずである。 「せ、先輩……。その人は一体?」 弥生が恐る恐る聞くが、直はそれには答えない。いや、それに答えている余裕がないのである。なぜなら、その少女はゆっくりとではあるが、またその身体を動かし始めたのだから。 「くっ、只者ではない、ということか」 そう言う彼女には焦燥の表情が浮かんでいた。彼女自身はわかっていた。やりすぎたと思ったほどに、確実に骨を砕いた感覚があったからである。立てるはずがない、人間ならば立てるはずが無い――そう思い、拳を構える。 「お前は、ラルヴァなのか……?」 だが、ラルヴァなのなら学園のラルヴァ感応装置、カンナギシステムに引っかかるはずである。なのに警報は鳴らない。ならば目の前のこれ、こいつは何者なのか、疑問で直の頭はパンクしそうになっていた。 「谷川……さん……」 飛鳥はそう呟いた。 目の前の恐ろしい怪物のような少女をそう呼んだのである。 「知り合いなのか、飛鳥先輩」 「ああ、クラスメイトの谷川あゆみさん……それがなんで……」 飛鳥に名前を呼ばれた少女、あゆみは、突然顔を手で隠し、耳をつんざく奇声を発し始めた。 「いやあああああ! 見ないで、こんな私をみないでええええええええええ!!」 取り乱したように首を振り、身体に痛みなど感じていないかのようにまた活動を開始した。再び飛鳥を襲おうと駆け出した。 「させるか!」 直はあゆみが駆け出すと同時に拳を少女の腹部に叩き込んだ。内臓を破壊できるほどの威力である、しかしそれでも少女は苦痛を感じていないかのように、まるで機械のように飛鳥のほうだけを見つめ、直を無視し、攻撃を仕掛けようとしてくる。 「藤森君! お兄さんを連れて逃げろ!! どうやら狙いはお兄さんのようだ!!」 「そんな! 先輩を置いて逃げるなんてできません!」 「いいから行くんだ、私なら大丈夫……」 直は少女を羽交い絞めにし、押さえつける。 「わかりました……お兄ちゃん! 立って!」 弥生は腰が抜けている飛鳥を無理矢理立たせ、支えながらその場から離れようとする。 (待ってて下さい――。きっと応援を連れてきますから……) 「いやだ、いやだ、怖いのは嫌だ……」 ぶつぶつと取り乱したように呟く飛鳥を情けなく思いながらも、弥生は逃げることだけを優先する。 横目でちらりと直を見れば、あゆみを押さえ込み、完全に優位の状態になっていた。恐らく安心であろう。 しかし、その状況は一気に瓦解することになった。 そう、文字通りに、瓦解したのだ。 突然凄まじい地震のようなものが発生した。 それはもはや立っていられるものではなく、弥生も飛鳥も、直ですら体勢を崩してしまった。地面に亀裂が入り、木々は陥没した地面に埋まっていく。 「な、なんだこれは!」 その凄まじい揺れの中、新たな人影が現れた。 その人物は揺れの中も平気で歩いており、てくてくと直とあゆみの下にやってきた。 それは制服姿の少年。 改造人間バラッドであった。 「なんかおもしろそーなことになってるじゃねーか。俺も混ぜてくれよな」 そう、この局地的な地震のようなものは、振動を操るバラッドの異能、パーソナル・バイブレーの真の力であった。 己の身体も振動で揺らすことで、地面の揺れを相殺し、この中で平気でいられる。今この場は完全に彼の世界と化していた。 動けない直を無視し、バラッドはあゆみを担ぎ上げ、その場を去ろうとする。 「待て! お前たちはなんなんだ!?」 「ああ? そんなことてめーに関係ないだろ。まあ俺自身この谷川がどうなってるのか知らないけどな。でもこいつはもらっていくぜ」 バラッドは何を考えているのか、あゆみを連れ去るつもりであった。 「ま、待て……」 バラッドは直の言葉も聞かず離れていく。 「おっと、そうだ。藤森飛鳥!」 バラッドは怒鳴り声を上げて飛鳥を睨みつける。 「俺はお前をぶっ壊したくてたまらねー。このさいだからこの場でお前をぐちゃぐちゃにしてやってもいいが、さすがに後始末が面倒だ」 そう言いながらバラッドは飛鳥ではなく、弥生のほうに近づいていく。 弥生も肩に抱えて、連れ去ろうとする。 「や、やめて!」 「待てお前、藤森君に何をするつもりだ!」 直は動けない身体を無理に立ち上がらせようと踏ん張るが、上手くいかず転げてしまう。 「直さん……助けて……」 「弥生……」 飛鳥も何も出来ず、弥生がバラッドに抱かれているのを見ているしかなかった。 「いいか藤森飛鳥。あとで指定された場所に来い。もし誰かに言ったり逃げたりすれば妹の命は無い。どうやら谷川あゆみもお前を殺したがっているようだからな。ああ、なんだか面白くて笑いが止まらない。そうだ、こうだよ、俺が求めていたのはこれだ!」 バラッドは狂ったように笑いながら、人間とは思えない跳躍をして校舎を駆け上ってその場から去っていく。 やがて揺れが収まり、二人の身体に自由が戻る。 しかし、直は弥生を護れなかったことに自分を責め。 飛鳥は妹が助けを求めたのが、自分ではなく、直だということに自分の無力さを痛いほど感じていた。 かくして戦いの火蓋は彼らの意思とは関係なく切って落とされた。 運命の歯車は、今回り始める。 ※ なんなのよ、なんなのよこれは!」 雨宮真美は四谷に抑えられながらも、そう叫ばずにはいられなかった。 パソコンに映し出された古い映像、その中では百人近い異能者たちによる小熊のラルヴァ虐殺が行われていた。それは戦いですらない。 一方的な蹂躙。 虐殺。 陵辱。 恐慌。 そしてラルヴァ因子をもつ猫耳の少女達もまた、その標的に晒されていた。 「この女の子たち……立浪姉妹の……」 その二人の少女は、学園のアイドルであった立浪みかとみきであった。雨宮も彼女達の活躍をいつも聞いては、その愛らしさと強靭さに憧れを抱いていた。 その彼女達が突然死に、あるいは行方不明になり、当時の彼女も毎日のように泣いていた。しかし、この映像は一体何なのだろうか。 「そうだ、キミたちは彼女達が殉職と行方不明だと聞かされていたね。だけど、これが真実さ」 映像の中の異能者たちは彼女達を忌むべき存在だと、罵り、今にも飛びかかろうとしていた。自分たちと同じ学園にいる彼らが、まるで雨宮には悪魔のように見えた。 しかし、そこで突然映像が途切れ、ノイズが大量に混じり何が映っているのかわからなくなっていた。 「な、何。この立浪さんたちはどうなったの!?」 「慌てるな、もうすぐ映像が戻る」 やがて映像が戻り、立浪みかが射殺される映像が映し出されていた。無残にも傷だらけの身体に留めを指すかのように何度もその可愛らしかった少女を無残にも撃ち殺していった。 「やめて、やめてよ! もう見せないで!!」 雨宮は目を伏せ、凄まじい虐殺の映像を見せられ、胃液がこみ上げてくる。こんなものを見るのは絶えられない。人間のすることじゃない。 「吐くのは我慢してくれよ。後片付けが面倒だ。だけど、これが一連の事件の真実だ。彼女達は学園の異能者に嵌められ、玩具のように殺された」 「うう、酷い。こんなの酷すぎる……。立浪さんたちが一体何したって言うの……」 「彼女達は何もしてはいない。学園の異能者たちは彼女にラルヴァの因子があるというだけで彼女達を始末した。捏造された真実まで用意してね」 「……」 「雨宮君。キミはどう思う? キミの中の正義は何を訴えている?」 「……わからないわ」 雨宮は呆然とするしかなかった。今まで自分が見てきた世界が崩壊するような、そんな感覚が彼女の心をかき乱していた。 「わからない、か。それじゃあこれはどうだろう。キミに見てもらいたいものがもう一つある」 そう言って脱力している雨宮を、四谷は資料室の置くに引っ張っていく。 数々の資料が置かれている棚に四谷は手を伸ばす。 「ああ、あったあった。これだよ」 四谷は一つのファイルを取り出した。 そのファイルにはこう書かれていた 『メメント・モリ計画・被験体一覧表』 「これは……?」 「ファイルをめくって見てみるといい」 そう言われ、雨宮はファイルに目をむける。 (何かの計画表? でもこんなの聞いたことないわ……) そこには数名の生徒の名前が書かれていた。 見たことある名前もあり、彼女は眼が釘付けになる。 (巣鴨伊万里――これって藤森君の妹さんの友達の名前よね。桜川夏子――桜川さんの名前がなんでこんなところに) そこには何人もの女生徒の名前が羅列されており、そしてその中の一つに有り得ないものを見た。 雨宮真美。 自分の名前もそこには書かれていた。 「よ、四谷先生。これは一体なんの名簿なんですか……」 雨宮は恐る恐る四谷にそう尋ねた。 四谷は彼女の耳元で、囁くようにこういった。 「双葉学園が秘密裏に進めていた計画だ。キミはその時の記憶は残ってはいないだろうが、双葉学園の兵器開発局はこの名簿の少女達全員の頭をいじっていたのさ。そしてキミたち“死の巫女”が誕生することになった」 「“死の巫女”って何なの四谷先生。なんで私や桜川さんの名前が載ってるの?」 「いい質問だ雨宮。さすがは優等生」 雨宮は自分の名前が記載されている名簿を見て、動揺していた。 「茶化さないで下さい。この“メメント・モリ計画”ってなんなんですか!?」 「僕も詳しい計画の内容は知らない。だけど、これは双葉学園が全力で隠そうとしていた暗黒史の中心だ」 「暗黒の歴史……」 「そうだ。外宇宙からこの星へアクセスしている存在、それと交信しようというのが“メメント・モリ計画”。三年前に取り潰された兵器開発局はその大いなる存在と繋がっている数名の少女たちを異能者として見つけだした。それがキミたち死の巫女だ」 「ま、まってください。私は異能者なんかじゃありませんよ」 「それはまだ未覚醒というだけだろう。キミが双葉学園に入学できたのも資質があると見込まれたからだ。しかし未だ発現に至っていないのはきっかけがないからさ。きっかけさえあればキミも他の死の巫女同様“|死を司る《タナトス》”の力を得ることができる」 「そ、そんなものいりません……!」 雨宮はファイルを放り投げ、その場から駆け出そうとする。しかし、四谷は彼女を逃がしたりはしない。彼女の腕を掴み、自分の下へ引き寄せる。 お互いの顔が、息がかかるほどに縮まる。 「やめてください……」 「キミはあの立浪姉妹虐殺を見て何も思わないのか。自分が知らず知らずのうちに奇妙な実験の被験体になっていたことを何も思わないのかね」 「私にはそんな記憶はありません……」 「記憶を消されてるのさ。頭をいじられてね」 「そんなバカなこと――」 「あるんだよ、キミに最後に見せたい物がまだある」 そう言って四谷は新たな映像ディスクを取り出してパソコンに挿入する。 やがて映像が再生され、そこには大量の用途不明の機械が置かれた白い部屋が映し出された。そこの中心には何人もの小さな女の子たちが頭に奇妙なヘルメットのような機械をつけて椅子に座っていた。座っている椅子には手と足を拘束するベルトが細い少女たちを繋いでいる。 「こ、これは――」 「ああ、見たまえ。あれがキミだ」 やがてその部屋には新しい少女が連れてこられた。紛れも無くそれは幼い頃の雨宮自身であった。虚ろな表情のまま、白衣の男たちに無理矢理椅子に縛り付けられ、ヘルメットを被らされていた。 「そんな、こんな記憶無いわ」 「だから言ったろう。キミの記憶は消されている。奴らによってね」 「嘘よ、嘘よ! そんなの、いや――」 「真実を見るんだ雨宮。さあ実験が始まるぞ」 白衣の男たちは何かのスイッチを押し、少女たちは全員凄まじい絶叫を上げながら震えていく。 画面から伝わる魂が焼け焦げる臭い。 まるでそこは地獄の底のような光景であった。 ※ 保健室のベッドの上に桜川夏子は座っていた。 彼女が持つ携帯電話に何者かからの連絡が入り、彼女はそれに応答する。 「首尾はどうかしらエレ・キーパー」 『上々です白き魔女。雨宮真美は我々の手に落ちました』 「そう、よくやったわね。褒めてあげるわ」 『はっ、ありがたき幸せ。雨宮のタナトスの力があれば計画は第二段階に進みます』 「ええ、そうね。また貴方に指揮をまかせるわ」 『わかりました。引き続き任務を続行します』 そう言って電話の相手は電話を切り、桜川も携帯を雑に放り投げた。 「まっててね、みかちゃん、みきちゃん――きっとみんな貴女たちと同じ思いをすることになるわ。そうそれが私の望む、世界の終わり」 桜川は華奢な自分の身体を抱くように丸まり、そう呟いた。 悲痛さを感じさせるそのか細い声は、誰に届くでもなく消えていった。 part.3につづく part.1へもどる トップに戻る 作品投稿場所に戻る